ここでは、悪いことをして、かえって賞められ、よいことをして、危ない目にあい、ばか呼ばわりもされかねない
福田恆存訳『マクベス』新潮文庫
I have done no harm. But I remember now
I am in this earthly world; where to do harm
Is often laudable, to do good sometime
Accounted dangerous folly: why then, alas,
Do I put up that womanly defence,
To say I have done no harm?
The Complete Works of William Shakespeare
ついでに、「定額給付金」を巡る一連のやりとりを見聞する度に思うこと。
ああ言えばこう言う。
ああ言われればこう言われ。
貰うと言えば「ええかっこすな!」、「貰わない」と言えば「さっきと言ったこと違うやないけ!」
そして人気欲しげに右往左往。
一億総チンピラ化とはもはや冗談では済まなくなったのであろうか。
景気がいずれ回復するとの淡い期待と将来の税収を当て込んで負債ばかりが積み上がり、”期待バブル”の破裂もどうやら刻々近づいている。
種も播かず肥料もやらずにいったいこれからなにが”成長”するのかさっぱり分からない。「カネちゅう万能特効薬やっとるやんけ」、ですかい?それはたとえて言えば人間の生命力を度外視した「延命治療」というべきではないか。
いくらでも血を流すがいい、みじめな祖国の運命! 荒狂う暴政のあらし、思うぞんぶん国の岩根を揺るがすがいい、善も、もう貴様の力をおさえられぬのだ、さあ、いくらでも非道のふるまいに手を汚したらいい、苦情を言うものはどこにもいないのだぞ!
福田訳前掲書
Bleed, bleed, poor country!
Great tyranny! lay thou thy basis sure,
For goodness dare not cheque thee: wear thou
thy wrongs;
The title is affeer’d!
Complete Works of William Shakespeare
このところブログの更新が間遠になっている(言うまでもないか・・・)。生活リズムが不整脈のように不規則で、かつ当面(向こう数日程度の)の予定すら見えないという状態は、落ち着いて何かをすることを阻む最も大きな原因であろう(と大仰に書くほどのことでもないのであるがマス目(?)が埋まるので書いてみただけだが確かにそういう気はしている)。どうにかせねばなるまいと思いいろいろ思案を巡らすけれど妙案はなかなか浮かばず。このままゆくとお猿さんみたいな人間になっちまいそうだ。
と、こう書いているうちになんとなく落ち着いてきた。大して熟考したわけでもないあれこれを筆に任せて書くだけでも気が(少しだけ)晴れるというところから、結局、書きたいわけでもないことばかり書くことや、個人的には「そんなんどうでもええんじゃが・・」てえことにばかり気を遣わねばならぬような生活は、自分自身の中心的な何かが少しずつ浸食されてゆく過程であるように思うのであった。こうしてつらつら書き連ねていきながら「あぅ、そこは」「おぉ、いい」と足し引き言いかえしていく作業は楽しい作業なのだが、それをせずにつらつら書いただけだとこのような文になるのであるよ。ああ、気が晴れた。また書かねば。
今日は好天にも恵まれ久々野良仕事。そして少しだけシェイクスピアを読む。
世にむきだしの悪というものはない。かならず大義名分を表に立てているものだ。
福田恆存訳「ヴェニスの商人」
There is no vice so simple but assumes
Some mark of virtue on his outward parts:
The Complete Works of William Shakespeare
今朝の朝刊を読んでいて、広告の量がやけに多いことが気になった。試しに勘定してみたところ、朝刊全体のうちざっと6割方が広告で占められていた(広告なのか記事なのか判然としないものや折り込み広告は除外してのハナシ)。新聞に広告はつきものだろうが、さすがに広告の量が記事のそれを超えると目に立つようになる。
先日、同じ新聞の学芸欄で独逸在住の詩人四元康祐という人が、彼の地の新聞の「濃さ」について触れておられるのを読んで「だよね」と思ったことであったが、日本の新聞の(海外のは読まないから知らない)広告の多さ・記事の金太郎飴ぶりは、当の新聞の価値ではなくその「購読料の」価値を高からしめるものであると思うのであった。
とかなんとか言いながら結構その新聞を毎朝楽しみにしているのもたしかではある。学芸欄くらいだけど。四元さんやスペイン在住の画家らしい堀越千秋さんとかのエッセイやら、考古学者原田大六の評伝記事が最近のお気に入り。
しかし、まあ広告量が(記事量に大して相対的に)増えているということはこの新聞社に限ったことではないだろうし、いずこの新聞社の経営も厳しい状況ということなのであろう。当然のことではある。様々な意味において、媒体が一番(楽して)儲かる時代は終わったのだ。
タイトル、省略しすぎたか・・・。
seesaaからwordpressにブログを移行したとき、メールアドレスを書いておくのをすっかり忘れていたので、朝飯前にメール送信フォームを追加(サイドバーの下方にリンク設置)。せっかくのwordpressなんでコチョコチョいじって完了。
seesaaからwordpressに移行して生じた最大のメリットは”全文検索”が速いこと(あるいはwordpressというよりレンタルサーバーのおかげか?)。seesaaの全文検索は重すぎた。google検索はときどき抜けてる(ヒットしない)。
自分のブログを検索するというのも馬鹿らしいといえば馬鹿らしいが、自分のブログを検索するのに無駄な時間を費やすのはもっと馬鹿らしい、ということにして自己満足、と。