「2008年03月」に書かれた記事

ハッとしてグゥ

  • 2008年03月03日 (月)

ハッ、
と気がつけばもう三月。
久しぶりの更新。ピンボールの玉のようにあちらへこちらへと動き回っていたために、手ぶれで焦点の定まらない素人写真の如き心理状態でありました。と、言い訳かましていますね、はい。

書きたいことはある。ロス疑惑再燃、志布志冤罪事件捜査陣への表彰等々・・・。書くよ。ただし今日は、寝ます。

書く方もだが、読む方もずいぶんと堆積している。いきつけのブログにすら立ち寄れない今日この頃。
びんぼうヒマなし。やむをえまい。
と、また言い訳。

寝る。
グゥ。

今朝の夢

  • 2008年03月16日 (日)

日頃無粋なアラームに叩き起こされる日々を過ごしているもので、休日の朝、暖かな陽光にやんわりと起こしてもらえると一日中気持ち良く過ごせるのであります。のんびりと新聞を読みつつコーヒーを喫しつつ、

「さて今日こそは溜まりにたまった本を読んで・・・

「昼寝して」
「畑に出て・・・」
「うまいもん食って・・・」
「はよ寝るかぁ」

などと目論んでいたのでありましたが・・・。

ふと気がつけば日々先送りにしていた日銭仕事の後始末で一日が終わってしまったのであります・・・。何一つ実現せず。

ま、いいのだ。
べつに何一つしくじったわけではない。
べつにしくじりを誤魔化しているわけでもない。
失態を覆い隠すことに汲々として本務を忘れ、本務に反することしかやっていない小役人の忙しさに比べれば、俺の方がよほど生産的なんだから。
「ったく、いい加減にしやがれ」である。

いや、別に他意はない。
「王様の耳はロバの耳」、とひとこと言いたいだけである。
そしてまた裸の王様はいつか恥じ入らねばならぬのである。

おっと、夢ですから支離滅裂なのですよ、と今回は言い訳かましてドロン。
また近いうちに。

神サマの足音が隣組

  • 2008年03月21日 (金)

このところ、本もまともに読めない日々が続いていた。時間に追われながらあちこち走り回っているのも悪くはないけれど、まるで便秘のように、日を追って苦しくなっていく。で、こうして腰を据えてみると、「出したい」にもかかわらずこれがなかなか出ないのであった。く、くるしぃ・・・。

というわけで今日は知人から聞いてちょっとばかし驚いた話を書く。
何に驚いたかといえば、なんでも伊勢神宮が200億だか500億だかの金を集めて回っているのだそうだ。20年に一度の遷宮のための費用なのだそうで、なかなか大したものだ。去年度今年度と年間20億以上の奉賛金が集まっていると伊勢神宮式年遷宮広報本部のホームページにある。これはやはり「塵も積もれば山」となり、「賽銭も積もれば億」となる例証であろうか・・・。いや、どうやら違うらしい。

「隣組に供出していただく」のだそうだ。いまどき「隣組」だの「供出」などとは言わないのだろうが、今もってそのようなものがなくなったことはない。「うつくしいクニ」日本の麗しき伝統健在なり。かの大戦後のほんの一時期に冷遇されたことはあったものの、喉元過ぎれば熱さを忘れる・・、もとい神国日本の伝統は不滅なのである。かの日本国憲法は信教の自由をうたい公金の支出に制限を設けることで、かつて国家の保護のもとにあった神道を形式的には冷遇しているかに見えるが、公共団体が陰ながらそれを支援していたことは靖国合祀問題の経緯からもうかがうことができるであろう。

国家機関や地方公共団体がオモテに立ちさえしなければ、憲法上の問題はクリアできるどころか、「自治会のみなさんの自由意志は尊重されねばならぬ」ということで万事オーケーなのだから、懐に余裕のある方はいくらでも寄付なさってはいかがであろうか。ただ残念ながら私の場合はそうではないので、来年の正月に賽銭箱に「寄付」するくらいしかできないだろう。それでも、もう十年以上も初詣でに行ってない私であるから、それはそれでけっこう稀有なことであろうか。

着々と「あの頃」の権威を取り戻しつつある神道と隣組に対しては、もっともっと世間の注目が集まるべきであると私は思うのであった。それともそうした現象には大きな地域差があるのだろうか。

なんにせよ、もし「本物の」自由意志でそうした寄付がなされるのならば、誰にも文句は言えないし言う必要もない。そうだろう? 
なお、個人的には、日本における「自由」の概念とその歴史的変遷、これもまた追いかけるべきテーマであると思い始めている。右に左に揺れ動く「自由」。興味深いテーマである。せめて死ぬまでには手をつけたいものだ・・・。おもしろい参考文献をご存知のむきは是非ともご教示下さい。

歴史は堂々巡っている、か。

久々に

  • 2008年03月29日 (土)

身辺雑記を書く気になった。

最近まで自宅で使っていたPCは3年4年ほど前に購入したものだったが、「お子様ビデオの編集」だとか「スリイデぃゲーム」たとかには縁のない私にとってはそれなりに快適なPC環境だった。しかし試しにメモリを増設しようとしたところがうまく動かなかったので、面倒くさくなっていっそ丸ごと一新する気になった。
確かに快適ではある。

しばらくご無沙汰している間に、Justsystem社がLInux向けATOKのアップデートモジュールを公表し、さらには小生愛用のUbuntu OSに正式対応してくれることになったのだそうで喜ばしい限り。
「ATOK for LinuxがUbuntuに正式対応、アップデート・モジュールを公開」(nikkei BP net)

それで最近、「Windows向けの最新版ATOKを購入しようかね」、という気になっている。余儀ない事情によりWindowsも相変わらず使っているわけで、Windows版ATOKも使っているわけだが、そもそもWindowsというOS(というかMicrosoft)の商法には辟易しているので、「VISTAぁ? んなもん、いらんね、ワシぁ」で今後買うつもりは全くない。が、この際ATOKだけは新しくするつもり。まあ、ちょっとしたお返し、というところ。「目には目を、歯には歯を」。いや、これは違うか・・・。

そういえば近々Ubuntu8.04も出るはずで、こちらも楽しみ。上のバナーは本家(アメリカ)のものです(日本語ローカライズ版Ubuntuはその数日後に入手できる状態になるはずです)。msp.今回のバージョンは長期サポート(LTS=Long Term Supportだっけ?)版とのことなので、以後数年、少なくとも個人的にはこのOSを使うことになると思う。
Ubuntu Japanese Team

やれvectorだ、なんだとアプリケーションソフトを探す必要もなく、クリック一発でほとんどのソフトをインストールして使える等々、使いやすさは随一のOSだと私は思う。Windowsでは(簡単には)出来ないことがUbuntu(Linux)では(あっさり)出来てしまう、ということも少なくない。そしてなによりガメつくない、フレンドリー、太っ腹。いや、別にMicrosoftがそうでないとは言わない。これからそうなるのかもしれないし(これは”願望”的観測)。

ああ、なんだか今日はPCのことだけになってしまったな。
最近読んだ本もいくらかあるが、それについてはまたいずれ。
今日はこれにて。

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