インターネットラジオ局URLメモ
- 2009年11月22日 (日)
愛用のRhythmboxにラジオ局を追加登録したいときに局(そのURL)をいちいち探すのが面倒なのでまとめサイトを主ターゲットとして探してみる。おいおい追記予定。
愛用のRhythmboxにラジオ局を追加登録したいときに局(そのURL)をいちいち探すのが面倒なのでまとめサイトを主ターゲットとして探してみる。おいおい追記予定。
zoteroのためにreiserfsにしてみた。
先日書いたとおりfirefoxのアドオンzoteroを使ってしばらく経つが、zoteroの個人データの容量が増える(現在1ギガバイト超)につれて(zotero上での)書き込み・読み込みともに動作が重くなって、しまいにはWeb1ページの保存に6〜7秒以上も要するようになってしまった(データサイズというよりよりもむしろレコードの件数に問題があるんだろう)。私的には「IT3秒ルール」というのがあって、Webの閲覧にしろ何らかの検索にしろリモートであれローカルであれ3秒以上待たされるようなら即「撤退」というのが習慣となっている。
そのようなわけで解決方法を探ってみた。使用OSはUbuntu。条件は、費用がかからないこと。
で、まずHomeディレクトリ上にあるzoteroディレクトリ(個人データの保存先)の構成を確認してみたところ、多数のディレクトリとファイルが生成・保存されていることを確認。そこで、細切れファイルの読み/書きに適した方法をネットで探り、試しにファイルシステムをUbuntuデフォルトのext3からreiserfsに変更(zoteroの保存ディレクトリ用にreiserfsの新規パーティションを作成)してみたところ症状が大幅に改善した。
参考資料:「ファイルシステム(ext3、ReiserFS、XFS)」
結果、書き込み速度は(感覚的には)2〜3倍以上、読み出し速度もけっこう改善。欲を言うならもっとキリリと動いて欲しいので今後さらに改善方法を探る事とする。いっそSSDとかせめてメモリースティックとかにしたら良いのかも知れない。やってみるかな。
いや^^^暇なわけじゃないんです。ただ、抱えた「宿題」を急いで片付ける為にやむを得ずこんなことをやってるのです。ほんとです。
UbuntuでオンキョーのサウンドカードSE-200PCI LTDを使うことにした。大満足。そもそも、Windows vistaを買って(Ubuntu上では使えなかった)既存のサウンドカードcreativeのe-mu0404を使うのか、それともLinux上でも使用できる同クラスのサウンドカードを買い直すかを検討していたが、だいたいが、ほんの数年で事実上使えなくなる特定ソフトウェアには費用をかけたくない私なので、結局はonkyoのSE-200PCI(LTD)を手に入れることになった。値段的にはvistaを買うよりも随分と安くて済んだ上に、日常使用しているUbuntu(8.04)上で満足のいく音が聴けるようになった。windows + e-muよりもさらに良い(忠実な)音が鳴る(気がする)。Ubuntuでの新カードの導入はwindowsでのそれよりもさらに簡単であった。ただ単にPCの空きPCIスロットに差し込むだけでOKだった(SE-200PCI(LTD)はUbuntu8.04で自動的に認識される)。
なお、不具合はほぼ見られない。導入当初、(デュアルブートを前提に)windows環境ではe-mu0404、Ubuntu環境でSE200を使おうともくろんだが(e-mu0404もったいないし)、windows + e-mu0404を使用後にUbuntuを起動したところ(SE-200PCI LTDからの)サウンドが出力されなくなる不具合が出た(再現性あり。windowsのサウンドデバイスをSE-200PCI LTD(表示は”Envy24”だったっけ?)に指定し直したら解消)。というわけで結局windowsでもlinuxでもSE-200PCI LTDを使用することになった。浮気はダメと言うことだろう。e-mu0404は”マイ音源”のアナログ・デジタル変換専用にする。
関連エントリ:
(2009/07/16追記)
「Ubuntu Weekly Recipe」にrythmboxでのCDリッピング・ラジオ局登録、対応携帯音楽プレイヤー等についての記事が掲載された(筆者は日本語版Ubuntuフォーラムのモデレータでもあるikuyaさん)。
第79回 Ubuntu標準の音楽プレイヤー「Rhythmbox」を利用する
その記事の中で複数のサウンドカードを使用している環境での設定方法(pavcontrolパッケージの導入)について触れてあり大変参考になった(ikuyaさんに感謝)。なお同記事中「pavcontrol」パッケージとあるがsynapticで検索したところ「pavucontrol」でヒットした。で、さっそくインストール。
これから(=いつか)設定をいじくりまわしてさらに快適なサウンド環境をつくる予定。
Ubuntu日本語フォーラムの登録者がさきほど1万人を突破した模様。
べつに私自身はフォーラムの運営にかかわる人間ではない単なる一ユーザーに過ぎないが、しばらく前からこの区切りを今日か明日かと注目してきた。私がUbuntuをメインのOSとして使用し始めた1年ほど前の登録ユーザー数は2200人ほどであったから、約1年で4倍のユーザー数となったというわけ。実際にはフォーラムに登録していないユーザーの方が多数派だと思われるので、Ubuntu利用者の数はさらに多いと思う。この一年のうちにUbuntuは相当進化したと(素人ながら)思う。個人的にはATOK x3のリリースが重要な画期だったが、それ以外にも動画のSilverlightやらPDFファイルにマーカーしたり(wineでWindowsアプリを動かす反則技だけど・・・)出来るようになって結構いろんな面でUbuntu(Linux)は使いやすくなった。今年一年でUbuntu(Linuxデスクトップ)がさらなる飛躍を見せてくれることを祈る。
ちょっと前に、常用しているUbuntuOSの(kernel2.6.24-22への)アップデートをきっかけにPCから音が出なくなって困っていた。原因が分からず、さらには原因を究明する技術も時間もなく、音無しの寂しいPCライフを余儀なくされていたが、ようやく今日、原因不明のままなれどサウンド機能が復活した(別件でBIOSを初期化・再設定したらなぜかサウンド機能も復旧した)。おまけのおまけに、なんとなく以前より音が良くなったような気もする(眠っていたHDオーディオ機能がようやく正常に機能しだしたのか?)。それで今、クラプトンの「クロニクル」を聴きながらご機嫌でこれを書いている。やっぱ音があるのと無いのとでは違うよ、うん。
ハードウェアには大した費用もかかっていない。スピーカーがちっぽけなせいでさすがにフルオーケストラの再生音質は厳しいが、室内楽を聴く程度には実用十分、それ以上。Ubuntu(Linux)でも、ハードウェアの問題(サウンドカードが認識されるとかされないとか等)さえクリアできれば音楽再生は至極快適。私的には、CreativeLabのE-MUがUbuntu上で”簡単に”動くようになればもっと幸福になれるはずなんだけどね・・・。
関連エントリ:
気がつけば四月も半ばを過ぎていた・・・というかもう月末。今月はまだ一度しかブログを更新していない。「こりゃいかん」というわけで、自宅PCのOSを更新した。ええ、ネタ作りを兼ねて、ね。
ようやくUbuntu8.04(こおどねえむは不覚)がリリースされたので、今朝ほど「心機一転」インストールする。前のバージョン(7.10)をインストールする際は、CDからのブートが上手くいかなかったりなにやかやで、ちょっとばかりハラハラさせられたが(むろんこれは当方のPCに起因したもの)、今回はすんなり何事もなくコトが進み、このOSの印象がさらに良くなったのでありました。
また、ヘルプマニュアルの日本語化も7.10よりもはるかに進捗していて、「おお! これがVISTAってやつ? あの新作OS?? お高いんでしょお?? え!?違うの? えええ、タダなの!!!?」という感じ(ハイ、ちょっと大げさですよ、ぇえ。)。
新しい機能もだいぶん追加されたらしいけれど、そのへんはまだよく分からないので、今日からボチボチ眺めてみます。
なお、Ubuntuのヘルプマニュアルの翻訳については今後も暇を見つけながら参加する予定。
そうそう、VISTAも使ってみました(使っています)。
確かにすごいぜ、VISTA。びっくり。さすがはマイクロソフト。
・・・なにせ大した作業もさせてないのに1ギガバイト以上もメモリを消費してくれる。大排気量・燃費最悪のアメ車みたいでさ、頼もしい。つか「反・エコ」。マイクロソフトは、日本製自動車の台頭に押されて衰退していったアメ車メーカーと同じ道を歩むのか? いや、歩みつつある、の間違いだな。
欲の皮のつっぱった奴ぁ、それなりの報いを受けませい。
OSインストール後の試運転を兼ねてブログ更新、完了。今月中に最低でもあと一回は更新予定。
身辺雑記を書く気になった。
最近まで自宅で使っていたPCは3年4年ほど前に購入したものだったが、「お子様ビデオの編集」だとか「スリイデぃゲーム」たとかには縁のない私にとってはそれなりに快適なPC環境だった。しかし試しにメモリを増設しようとしたところがうまく動かなかったので、面倒くさくなっていっそ丸ごと一新する気になった。
確かに快適ではある。
しばらくご無沙汰している間に、Justsystem社がLInux向けATOKのアップデートモジュールを公表し、さらには小生愛用のUbuntu OSに正式対応してくれることになったのだそうで喜ばしい限り。
「ATOK for LinuxがUbuntuに正式対応、アップデート・モジュールを公開」(nikkei BP net)
それで最近、「Windows向けの最新版ATOKを購入しようかね」、という気になっている。余儀ない事情によりWindowsも相変わらず使っているわけで、Windows版ATOKも使っているわけだが、そもそもWindowsというOS(というかMicrosoft)の商法には辟易しているので、「VISTAぁ? んなもん、いらんね、ワシぁ」で今後買うつもりは全くない。が、この際ATOKだけは新しくするつもり。まあ、ちょっとしたお返し、というところ。「目には目を、歯には歯を」。いや、これは違うか・・・。
そういえば近々Ubuntu8.04も出るはずで、こちらも楽しみ。上のバナーは本家(アメリカ)のものです(日本語ローカライズ版Ubuntuはその数日後に入手できる状態になるはずです)。msp.今回のバージョンは長期サポート(LTS=Long Term Supportだっけ?)版とのことなので、以後数年、少なくとも個人的にはこのOSを使うことになると思う。
Ubuntu Japanese Team
やれvectorだ、なんだとアプリケーションソフトを探す必要もなく、クリック一発でほとんどのソフトをインストールして使える等々、使いやすさは随一のOSだと私は思う。Windowsでは(簡単には)出来ないことがUbuntu(Linux)では(あっさり)出来てしまう、ということも少なくない。そしてなによりガメつくない、フレンドリー、太っ腹。いや、別にMicrosoftがそうでないとは言わない。これからそうなるのかもしれないし(これは”願望”的観測)。
ああ、なんだか今日はPCのことだけになってしまったな。
最近読んだ本もいくらかあるが、それについてはまたいずれ。
今日はこれにて。
自慢ではないがここ数日毎日更新している。
「よほど暇になったのかあ?」と思われるかたもいらっしゃるかもしれない。いえ、そうではありません。書くことがあるからです。そこに山があるからです。
ニュースを見ても不感症、なにか書こうとしても煮えきらないものばかり、というのでついつい更新が間遠になりがちですが、書くときは書くのです。
まあなにか新しいものに遭遇したときは何か感じたり考えたりすることが多くなるものです。少し前にちらりと書いたようにちょっとばかり所用でUbuntu日本語フォーラムというところに毎日通っておりまして、そこで何かと新しいことを見聞したわけです。そしてそこでの見聞、体験がちょうどここしばらく考えていたこととやけに結び付きたがる、というか触発されることが多かったのでそれについていまから書こうとしているわけです。
元来このブログではパソコン関係の話題に言及したことはほとんどありませんしこれからもそうそうないと思います。そららについて大した知識も興味もいまのところもちあわせがないものですから。とりわけ機器そのものについてはまず触れることはないでしょう。知らないことは書けるはずもありません。もしパソコンに関して何か書くとすればそれは、「パソコンを通じたコミュニケーション形態」とか「オープンソースの理念から得た着想」を開陳する程度のことでしょう。まあ「連想ゲーム」みたいなもんです。道具としてのパソコンについて当面の必要以上の興味関心は(少なくとも)いまのところないのです。
それでまあUbuntuというLinuxオペレーティングシステムをメインOSとして使い始めて約半年。Windowsの代替物ではなくそれよりもよいOSです、少なくとも私にとっては。世代や職業にもよるのでしょうが世間的には知っている人の方が少ないはずです。それどころか「OS(オペレーティングシステム)? なんじゃいそれは??」ってくらいのものではないでしょうか。その程度のものです。私もまた自分の目的さえ果たせるのならはっきり言ってそんなものは「なんでもいい」と思っております。
ただ、使わなければならないものならばせっかくだから自分の趣味に合うものを使いたい。そういうところからこのUbuntuというものを使い始めた次第です。
前説が思ったより長くなりました。あとは次に回しましょう。ということで次回、「あるOSについてのフォーラムに見た、ネット上のコミュニケーションとその可能性」といったことについて書いてみます。ただし、実際に何を書くかは、まだ書いていないので分かりません。ひょっとすると、まるで違うじゃないかとおっしゃりたくなることになるやもしれません。はたまたまったく何も書かないかもしれません。ちなみに「これについては後日」と締めておきながらその後まったく放置したことは何度もある。つかこのブログでは「後日」とは「この後」「明日」または「期日未定(気が向いたら)」ということをどうやら意味しています。
念のためお断りしておきますが私のこのブログは思いつきだけから構成されています。いや、そもそも構成などという「脈絡」もなければ一貫した主張なんてものもありません(文章のスタイルからしてごった煮状態です)。なにせすべて思いつきにすぎないんですからね。いちおそこんとこよろしく。
乞うご期待・・・いや、ほんとは期待はしないでねというのが本音だな。
本音じゃないけど嘘でもないってことは別に珍しいことではない(違いますか?)。
「眠れぬ夜に」というタイトルはだいぶ以前に使ってしまったので、なんかちがうかなどと思いながらも、ま、いいのだよ。
どうもこのところ寝つきがよろしくない。というのも布団の恋しい季節になって、いったんこれに入ったらもうぬるま湯風呂から出るに出られぬときのような気分になるんだが、どういうわけかそんな状況にあるときに限ってブログのネタを思いついてしまうのであった。たかがブログされどブログ。
「ま、べつにいいわい」とずっと放擲していたが、何日もそれが続くとどうもいよいよもう辛抱たまらなくなってしまったので今これを書いている。
あれもこれもといきたいがそれは無理なのでまず一つ。
日本語入力ソフトATOK X3をLinuxで使いたいというわけでこの一週間ほどフォーラムとやらに日参していた。私の使っているOSがUbuntuというやつで、Ubuntuフォーラムというのがいつのころからか知らないがあったらしい。その存在は知っていたけれどID登録しただけでほとんど覗いたことがなかった。アメリカの本家フォーラムは英語の上にとにかく投稿数が莫大なせいでちょっとばかり扱いにくい。その点日本版のフォーラムは小さくてよい。数もしれてる。それでも大変良い勉強になった、いろんな意味で(それについては後日)。
で、話は本題に移る。これもやはりLinuxにちなんだ話ではある。ご承知の通りLinuxはオープンソース、そしてOSとしてのLinuxは基本的にタダ(有償のものもあるそうな)。只タダただtada。タダより高いものはない、のか? 真相は如何に??
もちろんタダなんだから高くはないわな。
このタダのLinuxを使い始めてからというもの、自分が如何に「いと高貴なる消費者さま」として振る舞ってきていたのかが身に染みてよく分かった。いやもう反省しております。
つーかだれにも迷惑掛けてはいないんけどね。
そう、迷惑は掛けてなかったんだろう、たしかに代金は払ってたわけだし。
OSが起動しなけりゃメーカに電話して、「どないなっとんじゃ、こりゃあ、ぇえ、おどれ舐めとんか!!!」と凄みまくってサポートセンタのおねいちゃんは震える声で「あああの、お客様、電源コンセントは・・は、はいって・・・いえ、おはいりになっておられられられますでしょ(エクッ)・・ぅうか・・・(えーん)」
「なんじゃあ? コンセントだあ? ったりめえだろが、ほれこの通り・・・あ、抜けとったわ。んなこたどうでもいいんじゃ! 抜けんコンセントにせんかい、金払っとんじゃけぇの!! わかっとんかぁ、おい」
はたまたこんなことも。
「松坂牛っていうから買ったのにいったいなんなのよ、●●ってテレビで言ってたわよ、困るじゃないの。偽装よ偽装!」と詰め寄られ、答える社長は「えらいすんません。すんません。うちの従業員が勝手にやったことですねん。わしは知らへんかったんですわ、いやほんと。お取り替えしますさかいに許してつかーさい」「あら、もう食べちゃったわよ、もう。おいしかったわー。でもそれはそれ、偽装は偽装でしょ。偽装よ偽装。」
と、そんな「お客様」ももしかするといるかもしれない。
誤解なきようここで一言付け加えておかねばなるまい。いや、これらの会話は私の想像の産物にすぎません。私自身はサポートに電話を入れて解決法をお尋ねしたことはあるが、わけのわからないクレームを申し入れたことはかつて一度もない。
それはそれとして、不謹慎にも見える物言いはちと申し訳ないと思っているが、一つの例ですのであくまでもフィクションとして読んでくださいね。
もとへ。
それでもまあこれに類するクレームのたぐいはきっとある(と思う)。なにせ代金払ってるわけで。もちろん近年デフレデフレと言われながらもクレーム処理費用はしっかり乗っけてあるだろう。でないと作り手は割に合わぬ。儲けが出ぬ。株主がうるさい。
「ふつう」に慣れきってしまった消費者。私ももちろんそうだ。ふつうに買ってきてふつうにセットしてふつうにスイッチポン。するとふつうに映り、ふつうに走り、ふつうに動く。万一にでも映らない走らない動かないとでもなった日にはふつうにクレームがんがんがん。
いや、おそらく最後の「クレームがんがんがん」は決して普通じゃないんだろうが、少なくとも電話一本かければ普通にクレーム対応してくれるでしょ、フツー。怒鳴り返されることはなかろう、いまどき。消費者に怒鳴りたくとも怒鳴れぬのが今の消費社会。それがフツー。
パソコンだってそうだ。メーカからPC買ってきたらもうOSから年賀状ソフトからなにからなにまでセットされている。手順どおりにやればフツーに動く。動くはず。動かねばならぬ。
ところがLinuxは必ずしもそうでない。普通に動くのが一応フツーなんだけど時々上手くいかないことがある。無料OSのLinuxにはクレームを訴えることのできるサポートセンターなんてものはふつうはない。自分で解決法を探すかまたはフォーラムで教えを乞うのみ。
フォーラムはサポートセンターとは違う。たまたま知識のあるものが初学者を手取り足取り教え、いずれ成長した初学者が新たな初学者を迎える(先の日本版フォーラムがそうした方針のもとに運営されているのかどうかは知らない。違うのかもしれぬ)。
そんなフォーラムで私自身が使った「普通に動く」という言葉が、自分でも気づかぬままに「フツー」に慣れきっている自分自身を照らし出した。反省だけなら猿でもできる、か。反省。
前回に引き続きATOK x3 for Linuxについて。
この新版ATOKの売りのひとつが電子辞典との連携ということだった。これにはかなり魅力を感じた。WindowsでATOKを使っていて、国語辞典との連携はちょいちょいと言葉の意味を確認しながら書き進めるのにとても都合がよかった。また類語や類似表現を手軽にチェックできる連想変換辞書はこれまた重宝していた。この連想変換辞書に角川の類語辞典を追加すればこの機能がさらに強力になった。
ところが、だ。なんと今回の新版ATOKではこの連想変換には対応していないのだそうである。つまり角川類語辞典も使えない。
「ATOK x3 for Linuxと辞書・辞典類との対応表」
私は「電子辞典の連携」と聞いてこの機能も当然のように含まれているのだと速断してしまっていた。うかつだったと言われればその通りだが。この機能がない点については前回のLinux版ATOKリリースの際にもこれを惜しむ声が多かったとのことだが、今回も見送られたということだ。「なななんと!そりゃハナシが違うぜぇ」と言いたいところだが、発売前に見た情報のなかにはたしかに「連想変換機能はありません」とはアナウンスされていなかったように記憶しているので、こちらが勝手にそれが当然あるものと思いこみ、あるいは見落としていたのかもしれないということになろう。それにしても残念だ。魅力半減。むろん変換効率そのものは高いので無駄な買い物ではなかったが、脱ウィンドウズという私の目標はどうやら果たされずに終わりそうだ。正直なところを言えばちょいと恨めしい
なお、UbuntuにATOK x3 for Linuxをインストールするとシステム管理アプリケーションで不具合が生じます。回避法あり。詳細はUbuntuのフォーラムで。
ジャストさん、Linux版ATOKの次期リリースはいつになりますか?次回は是非この連想変換機能について前向きにご検討ください。よろしくおねがいします。頼みます。また買います。ぜひ!
あーテステステス。
となりの客はよく柿食う客だ。
さてこの変換は一発でいけたがそのあと shift + enter の改行ができなかった(追記:ATOKの既定キーバインドではShift+Enterに対して「推測変換確定」が割り当てられていたためと後日判明。これを変更すればOKでした)、あと「ひらがな→英数」の切替えもキーボードの操作方法が分からない。仕方なくマウスで切り替え。
なんのことやらわからないですね、すいません。日本語入力ソフトのチェックをしてみました。昨日待望のATOK x3 for Linuxをいそいそとインストールしてみた。微妙。とはいえ入力ソフト自体を取っ替えたわけで、当初の戸惑いはやむをえまい。なにせ変換精度は抜群のATOK(比較対象はMS-IME、Anthyのみ)。
インストールも”LINUXのわりには”簡単。すんなりインストール。しかしそれもWinやMacとは比較できない、比較にならない。はっきり言って面倒(程度問題ですが)。おまえはなぜにそこまでしてLinuxなんて使うのだ?と問われれば返答に窮する。書き出せば長くなる。したがって今日は省略。
フリーウェアとしてのLinuxを使う以上は徹底すべきであって有償ソフトを使うなど邪道である、といわれれば「あいすいやせんねぇ」と答えるしかないのだが、日本語入力の効率性は私個人にとっては重要な要素なのでかんべんしてくれ。
充実した日本語入力を求めるんならMac使えよ、と言われればこれまた「あいすいやせん」だ。Macね、それもいいかもね。でもまあとりあえずLinuxで行ってみる予定。
というか今回ATOKの新版がリリースされていなかったらもうすでにLinuxとおさらばしていたかもしれない。わたしにとってのLinuxはその程度。「Linuxが使いたい」ではなくて「Linuxで使いたい」。まあ普通のPCユーザなら多かれ少なかれそんなものでは? つまりそういう人にとってみればOSなぞ道具、いや道具箱のひとつに過ぎないのだから。
私のPC人生における今回のLinuxとの再会はとってもタイミングがよかった。いじり始めて日本語入力に不満感じてぼやいていたらジャストシステムからうまいぐあいに新版が出ると発表された。驚喜。爾来二月余り。ようやく環境が整った。そのせいか昨夜はいくつも啓示を受けた。
てなわけでバリバリ書くとします。が、ここにUPするかは未定。ATOKについての気づきはUbuntuのフォーラムにでも書き付けるつもり。
むむむ。やはりキーバインドが・・・慣れないとなぁ。
以上のような経緯もあり、おそらく大した儲けは出ないだろうLinuxバージョンを出してくれたジャストシステムに感謝!よって広告する。

上のバナーはアフィリエイト経由なので、「んな、せこいじゃねえか」という方はこちらでどうぞ。
なんにしろ選択肢が与えらる方が気分がいい。たとえ有償だろうがオープンソースの思想にそぐわなかろうがLinuxでもATOKが選択できるならそれに越したことは多分ない。
それにしても xfy上のATOKはいささか挙動が変だな・・・。
朝に晩に冷えこみを感じる今日このごろ。
昼間たまたま手に取った本のなかにノーマン・メイラーの『裸者と死者』があった(結局読まずじまいだったが)。背表紙を見て「おお、なんだか内田樹の『他者と死者』と似てるじゃない」と思って手に取ってみただけだった。メイラーといえば村上春樹が訳した(著者はM・ギルモア)『心臓を貫かれて』に名前が少し出てきたことを覚えているが、彼自身の著作を読んだことはまだない。そうか。亡くなったのか。ついさっきネットを泳いでいたらニュースが出ていた。そうか・・・。べつだん感慨深いというほどではないが、たまたまニュースを見る直前に手に取っていたので「おおお」と思ったのであります。
いま、「名前が少し出てきた」と書いたんだけれど、文としては少し変か。名前の一部が出てきた、わけではもちろんない。ノーマとかイラーとか。ま、あたりまえだよね。しかしフト、これってちょっとヘンだよねなどと思うことがある。とりわけ最近少しばかり学生時代を思い出して英文和訳なんてのをチョボチョボやっているのでそのようなことをちょくちょく考えたりする。
英文和訳なんてものは学生時代以後まるでやっていない。なにせ辞書ひくのがもう面倒なもんで。たまに和訳じゃなくて英文斜め読みくらいはすることもあったが、忘れている単語を一つ一つ辞書ひきひき英文を和文に置き換えるという七面倒くさいことはやらなかった。ましてや和文英訳なぞ。たぶん俺の英作文能力のピークは中学生時代。お笑いめさるな。これ多分ほんと。インターネットのイの字もなかった当時、ヨーロッパのどこかの(国名は忘却の彼方)中学生と数回手紙を交換した(先生からやらされただけだが)。海外文通てやつ。なもんで他愛のない近況をそれこそ辞書引き引き書き送ったことがあった。それが私の英作文能力の全盛期。以来進歩していない(はず)。向上心のない奴だってか?そうだよ。そうなんだよ。ほんとだよ。
で、現在の話に戻すと、いまUbuntuのマニュアルの翻訳を空き時間にチョボチョボやっている。翻訳といっても最終的な訳文を決定する権限はない、ただのsuggestionのみ。誰かが見ているのか参考にしてくれているのか呆れているのかは不明。べつだんそれで構わない。口の悪い奴に「自己満足、ケッ」といわれても、ま、反論はしない。ではなぜなにゆえそのようなことをやりはじめたかといえば、タダ乗りはやりたくないな、ということで。タダでいいから乗れよっていわれてんだから乗ってりゃいいんだろうが、そこはそれ、ほらヘソが横向いてっからね。
無料で利用できるlinuxディストリビューションUbuntu。べつに金銭を払わないかわりに働いて払えといわれたわけではない。そんなことは誰も言わない。ただ単に私が自分の出来るお手伝い(になっているかどうかはさておき)をやりたいなぁ、と私が思っているだけで。まあエエカッコして言えば、そのリネンにキョーメイしたとかなんとかかんとか・・・。
実際のところ、強いられるのは大嫌いだがお好きにどうぞといわれると「んじゃいっちょ」というところがたしかにある。細々とボソボソと英文和訳なぞやっていると結構楽しい。病みつきになりそうなくらい。ちなみにlaunchpadというところで作業してるんだが、訳文をアップロード(気分的には投稿)するとその都度カルマが貯まっていくのがけっこう嬉しい。功徳を積んでいると思えばそりゃあ気持ちいいぜ。あるいは「●●万円貯まる貯金箱!」につり銭貯めるような感じ(貯めたことはまだ、ない)。ちょっと欲望をくすぐられている、たしかにね。べつにカルマが貯まったからといって景品もらえるとはどこにも書いていないので出ないのだろう(あたりまえだよね)。でもいい。それがいい。かくして私はにわか「拝金主義者」になっている。数字への欲望。貨幣への偏愛。おお、なんだか気分が・・・。
仕事が一段落。そこでちょっと遊んでみた。
諸般の事情からメインOSをwindowsからUbuntuに替えて数ヶ月。ここのところ反ウィンドウズ的なことをしばしば書いた気もするが、私は「Ubuntu、使えますよ」とは言えるけれどべつにwindowsに敵意は持っていない(でも先日下されたマイクロソフトの独占的手法に対するEUの裁定には拍手喝采したけれどね)。実際のところ、メインで使っているPCのプライマリーハードディスク(特等席)には相変わらずwindowsが鎮座している。滅多に目覚めない王様状態なのだ。王様windowsは特等席でなければ承知しない(インストールできない)偏屈者であり”誇り高き”存在としてPC内に君臨している。しかし、その点linuxは扱いやすい(柔軟性がある)。インストールに際して「俺様は特等席じゃなきゃ承知しない」なんて野暮なことも言わず、「わたくしはどこでも結構ですよ、はい」と上品に答えながらハードディスクのどこにでも座ってくれる(事実、linuxディストリビューションはハードディスクの空きパーティションならどこにでもインストールできる)。まさに紳士である。そうしてこの紳士は眠りこけた王様を横目に毎日せっせと私のために働いてくれているのである。偉い。
そんなわけで私自身も万一危急の際には王様がなにがしかの働きをしてくれるだろうという期待を(少しだけ)持ちつつ王様であり眠れる獅子であるwindowsにタダ飯(タダハードディスク)を喰わせているのだ。
こうして最近はlinuxのいいところばかりを取り上げてきたが、まだまだ至らぬところは少なくない。それらの欠点はむろんlinuxそのものの欠点と言うよりもそれをとりまく周辺機器やアプリケーションに起因するものであったり、あるいは私がlinux(Ubuntu)活用するだけのスキルを持たないと言った方がよいところもあるだろうが、その点はあらかじめお断りした上で私が日常使用しているUbuntuに即していくつか記しておきたい。
Ubuntu7.10とそのアプリケーション)を使うにあたっての難点(たぶん随時追加の予定)。
・PDFeditはまだ日本語に対応できていない。
・pdfとして印刷出力は可能だが、ファイルにネーミングできない(OSが勝手に割り当てられたファイル名を後からリネームすることはできる)。
・DRM (Digital Rights Management)に対応できない(多くの有料コンテンツにアクセスできない)。
・ノートPCでは挙動が安定しない。
総じて言えばwindowsほどには敷居が低いとは言い難い。一手間二手間必要だったりする。ただし、インターネット閲覧・メールのやりとり・ビジネス文書の作成くらいならば、それに関係するアプリケーションのインストールも含めて手軽に実行できるし、機能的にも既にwindows以上と言ってよいレベルに達していると私は思う。ただ、印刷機能の方は・・・どうだろうか。Ubuntuで年賀状印刷はちと手間かも。
linuxデスクトップOSの将来性は未知数だが、もしかすると今が一番使い頃なのかもしれない。どうも将来的にはアプリケーションの多くがweb上に用意されてそこで動かすようになり、結果として個々のPCに要求されるのはネット接続に必要最低限の機能だけになるだろうというはなしもある。そうとなればwindowsもlinuxもない。ただ、少なくとも現時点ではlinuxOSを使う利点は少なくない。そもそもwindowsの動作が重いといっても実際のところOS単体ならば結構キビキビ動くにもかかわらず、セキュリティ上の要請からウイルスハンターだとかノータンだとか(どちらも架空のものです)いう類のリソース食いのアプリケーションソフトの使用がそれこそデファクトスタンダード(?)化してしまっている。結局はニッチな存在でしかないからこそlinuxもその機能を発揮できているところなきにしもあらず、という気がしないわけではない。linuxデスクトップOSが仮に主流になるとすれば、これもまたつまらぬ(しかし必要な)ところに余計なリソースを費やすはめにならぬ保証はない。
おや、どうもしまりがなくなってきたか。
***
ここらでちょいと数字を引用してlinuxデスクトップOSの趨勢を見てみる。google trendsで遊んでみた結果です。主なlinuxディストリビューションがgoogleでどの程度話題(キーワード)になっているかというデータ。
|
色 |
ディストリビューション |
|
|---|---|---|
|
薄青 |
● |
debian |
|
赤 |
● |
Ubuntu |
|
橙 |
● |
suse |
|
緑 |
● |
vine |
|
青 |
● |
fedora |
他のディストリビューションが漸減傾向であるのにUbuntuだけが著しい増加傾向を示していることが一目瞭然。
日本でもUbuntuが急伸中だが、fedoraが頑張っていて世界的傾向とかなり趣きを異にしている。下記のアメリカ・中国の趨勢と並べてみると面白い。日本での動きは他地域と比較してみるとかなり特異だが理由はなぜなのだろうか?
[中国]
以上google trendsでの検索結果
***
これ以外の国々についても検索できるが省略。
Ubuntu7.10に前後してさらにこのディストリビューションへの関心度が急激に高まっているようだ。データに見られるUbuntuの伸びも実際にUbuntuを使っている私としては納得、というところです。ご参考まで。
(追記)
ちなみにwindows,macとUbuntuの比較はこちら。linuxのうちでは突出しているUbuntuでさえwindowsとの差はいまだ歴然としている。
このページは xfy Blog Editor を利用して作成されました。
私的linux事始メ 其ノ壱
私的linux事始メ 其ノ弐
のつづき。
ノートPC上でどちらも軽快に動作したvineとdebianのうちのどちらかを選ぶに際してポイントとなったのは無線LAN接続。有り体に言えば、(私の場合に限っては)vineでは無線LAN接続に成功したがdebianでは成功しなかった、ということ。それでしばらくはvineを使っていた.
しかし有線LANのデスクトップPCにどのディストリビューションを入れるかとなると話は変わる。軽快さと同時に扱いやすさ(既存環境からの移行の容易さ)とwindows環境との親和性(PC単体およびネットワーク接続)、これが私の判断基準だ。そんなこんなでいざデスクトップPCで試してみるディストリビューションにはUbuntuを選んだ。Ubuntuはdebian系。試してみるといかにもdebian系らしくとても軽快に動く。そしてwindows環境にもすんなりと応じていく。言ってみればvineの軽快さとsuseの親windows性を兼ね備えたディストリビューションというわけで、しばらくはデスクトップPCにてサブOS(メインはもちろんwindows)として働いていた。しばらく使っていくうちにその軽快さがたまらなくなった。しかし問題もあった。その多くは日本語入力に関するもの。webブラウザopera上で日本語入力ができなくなったりwindowsで作成したファイルをCDやDVDから読み込んだときにファイル名が文字化けする等々.その一つ一つをネットで調べるなどして解決していかねばならなかった.しかしそうした手間をかけてでも使いたくなる魅力がUbuntuにはあった。とはいえwindowsに慣れた身からすればそうしたいくつものトラブル(というよりlinuxの使い方を知らないために生じる壁)はやっかいではある。なにせたいていのことはアイコンクリックひとつでやってのける「windows体制」にどっぷり浸かっていたわけだから。
そしてどうやらUbuntuはlinuxの自由度の高さとwindowsの使いやすさ(GUI)を両立させる方向で開発が進んでいる.7.04から7.10になってその方向性が改めて明確になった.
このあとUbuntuとwindowsを比較しつつUbuntuの利点を述べたてるつもりだったが、どうも勢いがなくなってしまったのでひとまずここいらで。ついでながらノートPCの無線接続は無事成功!
少なくとももう私はwindowsを必要としない.遠からずUbuntuは現在のwindowsと比べてもまったく遜色ない使いやすさを実現するだろう.それはそう遠いことではないようだ.なにせ今ですらもう一手間かけることさえ厭わなければwindows以上の環境が手に入るのだ.linuxディストリビューションの多くが無料で配布されていることを理由にこれを勧めたりなどしない。windowsと同等かそれ以上のポテンシャルを持つOSであればこそ、これが多くの場合無料であることに驚いているだけだ。多くの人々が知恵と時間と金銭を自発的に出し合い、共有し合うことの成果がここにある。誰からも(陰に陽に)強制されたわけではない個々人の贈与・互酬関係は、あらゆることが金銭に結びつけられ金額に換算される当世においては貴重なユートピアとも思えてしまう昨今.
「対価を支払うのは当然だろ」
そうだろうとも。しかしその対価は必ずしも金銭である必要はないのじゃなかろうか、てのが私の実感なのだよね。
無理強いされるのは嫌いなのだよ.もしそれが自身の利益にかなうとしても嫌いなものはどこまでいってもやっぱり嫌いなのであった.そんな俺にもし何かを無理強いするってんのなら当然それなりの「対価」は払ってうよ.当然だろ!? 私は、「対価を払え」という要求に応えつつもときには「その要求に応える対価」を要求する者なのだ。
ひとに何かを要求する時は、自分自身がその返り血を浴び自分自身がその身を切られかねないという覚悟を持ってなけりゃあアホと言われても仕方がない.多かれ少なかれ皆アホなわけだが、アホはアホらしく節度を保つということがなくなっている。アホがアホのくせに他人に「あーせいこーせい」ってのはもっとも醜悪でもっとも害のあるものだ.これ以上醜くなりたくないからこそ俺も「アホらしく」してんだぜ。などと書くと「そうか、こいつアホか」と額面どおり受け取るアホもいそうだ。
そうじゃないだろ。たまには自分自身に向かって悪たれつけよ。悪たれを外にだけ向ける奴こそが文字通りの「アホ」だってことにいったいいつ気づくんだ?
しまった、また文末数行にかけて暴走しちまったよ。どうもいかん。いまから太陽光を浴びてくるとしよう.
「私的linux事始メ 其ノ壱」のつづきを。
で、早速ですが。まず私が触手を伸ばしたディストリビューションがvine4.1。日本で開発が続けられていて、日本語環境が整っているというのが魅力であった。で、実際に使ってみると確かにその通り。linuxではアップデートや新しいアプリのインストール、LANの設定等々でターミナル(端末)からコマンドを打ち込むことがしばしばあるが、そのターミナルからしてしっかり日本語化が進んでいる。といってもコマンドそのものは日本語化不能であるからしてアルファベットで打ち込むしかないんだが。
あと、操作感は結構軽快。そんなこんなでしばらくvineを使ってみることにした。
linuxが一昔前から比べるとずいぶん進歩していることに気をよくして、試しにノートPCにもlinuxOSを入れてみることにした。vineでもよかったのだが、どうせなら違うものをと思ってノートではopenSUSE(10.2)を試してみることに。suseはドイツ発祥のディストリビューションで彼の地では最も有力なディストリビューションらしかった(novellに買収されてだいぶ状況が変わっているらしいが)。さすがに日本語環境は整っているとは言い難かったが、日本語で文書を作成するなどの作業はvineと同レベル。そもそも日本語入力ソフトはvineもsuseも同じanthyを使っていた。
linuxを使うに当たっての大きな問題は、特にノートPCの場合無線LANの設定にあるようで、これにはいささか苦労した。設定ファイルを追加したり変更したり、またそのためにどうしてもターミナルからコマンドを使ってファイル操作をしなければならなかったのでcp(ファイルのコピー)とかmv(同じく移動)とかそれぞれに必要なコマンドオプションとかを一つ一つネットで検索しながらの作業となった。windowsOSのようにカードを差し込んでCD挿入してスイッチポンとはいかなかった。この無線LANの設定は各自のネットワーク環境(固定アドレスかDHCPか、WEP暗号かWPA暗号化等々)によっても難易度が変わるし、無線LANカードのメーカー・型番、はてはその中身(チップ)にもよるのだそうだ。当然ここでもコマンド入力による操作が必須となる。多くの場合このあたりでlinux移行作戦は破綻すると思われる(私はいっとき挫折した)。このへん、カード・ベンダーが必要なドライバやファームウェアを提供してくれるだけでもかなり状況は改善されるはずだが、実際にはベンダーのlinux対応はなきに等しい(なぜなんだろう?)。そんなわけでノートPC(無線LAN環境)でのlinux移行は一大難事。とてもひとさまにはお進めできない。
ともあれ私はいったんとりかかったことは完遂せねば気が済まないタチなのでvineでもsuseでもなんとか無線LAN接続出来るところにたどり着くことが出来た。
openSUSEはwindowsOSからの移行派にとってはなかなか使いよかった。私の場合はもともとwindowsが入っているノートPCの空きパーティションにsuseをインストールして起動時にOSを選択するデュアルブート環境をつくったわけだが、suseはインストール時にwindows(NTFS)領域だろうとなんだろうと勝手に探知してそれなりの処置(suseからでも参照できるように)してくれた。またwindowsPCで構築したLANに接続するのに面倒な設定等はまったく必要なかった。vineではこれにだいぶん苦労させられて、やれsambaアプリケーションをインストールして設定して・・・と、これはもう投げ出したくなった(結局これも完遂したが)。
総じてsuseはPC単体としてもまたネットワーク環境にしても、既存のwindows環境との連携に必要な環境があらかじめ整っていて、これはvineとの大きな違いであった。
ただ、suseにもそのうち愛想をつかすことになった理由はその「重厚さ」。動作そのものがそもそも(感覚的には)vineよりも重い。もっともこれは性能充分のメモリやCPUの有無によっても違うだろうし、そもそも動作の軽重は個人の感覚なので「suseは重い」などと一般化して言うことは出来ない。私のケースで言えば重く感じた(ノートにもvineを入れて比較もした)。動作そのものは環境や感覚次第とも言えるが、もうひとつの重厚さがあった。それはアプリケーションの管理。suseではyast(スペルが違うかも)というアプリケーション管理ソフトを使うように推奨されてた(多分)が、これがどういうわけか重い。PCのスペック云々以前にこのソフトの設計自体が重い、というか要領が悪い。一言で言えば、リロードし過ぎ。ここぞというときにリロードすればいいものを、何か指示する度にリロードリロード。あきれた。
もちろん、yastを使わずとも同じ作業をやる方法はいくつかあるので別に問題でないといえば問題ではなかった。
ちなみにvineもsuseもどちらもレッドハット系のディストリビューションだそうだが、linuxOSには他にもいくつかの系統があるらしい。たとえばデビアン(debian)。vineを使い始めた頃にdebian(4.1)をちょっとだけ試してみたが、その動作の軽快さは非常に印象的だった。その点はvine以上のものがあった。このred hat系とdebian系とではディレクトリ(フォルダ)の配置が微妙に違う。したがってなにかアプリケーションをインストールする場合にはそれぞれに合わせた作業(パッケージ)が必要になる。そしてまた、無線LANの設定方法も微妙に違うというわけだ。悪夢は一度きりではなかった。
(つづく)
この週末、linuxOSの一つであるUbuntu7.10がリリースされたのでメインPCであるデスクトップ機のOSアップグレードを試みる。前のバージョン7.04からの変化はといえば、大きなところでは印刷データをpdfファイルとして出力できるようになった点(たいして大きくないね)、細かいところもあちらこちらと。このへん、ふつーのPCユーザーである私(PC歴7年くらい)にはうまく説明できないので省略。ま、一言で言えば、「外観はもうwindowsXPあたりと遜色ないね」。少なくとも私はもうウン万円も出してwindowsVISTAにアップグレードすることはナイ(と思う)。私がPCに求めるタスクの95パーセントは無料OSであるUbuntuで間に合うのだから、残り5パーセントのためにウン万円を投じるくらいならばその金でハードウェア(の一部)を更新するよ。
そもそも私のlinux遍歴は今から2、3年前に始まった。といっても当時試したlinux(lindowsとかturbolinuxだったと思う)は到底私の求める能力を備えていなかった。いや、能力はあったのかもしれないが、並のPCユーザーである私が、既に使い始めていたwindowsで作ったデータを読み込んだり加工することが出来るほどの扱いやすさはまだ当時のlinuxには備わってはいなかったので、結局はちょっと試してみただけでそれきりとなった。そのあと私が再びlinuxに目を向ける直接のきっかけは前にも書いたとおりVISTAの登場であった。
そうしてまあ遊び半分といった気分で、お蔵入りしていたPCを使っていくつかのlinuxディストリビューションをためし始めた。私の数年ぶりのlinux遍歴はまずvineから始まり、openSUSE、debian、Ubuntuへと移っていく。この間およそ半年。時間の浪費?そうだったかもしれない。しかしまあそれなりに甲斐はあった。それまで仕事でもプライベートでもwindowsだけを使っていた、ワープロ・表計算・データベース・インターネット閲覧・メールのやりとりが出来ればとりあえずOKという並のPCユーザー(コマンドラインなんて使ったこともない)がまがりなりにも脱windowsを果たすまでの経過を数回に分けて記しておく(予定)。もしそれを読んだ誰かおひとりでも「linuxも一回試してみよか」と思ってくださるようなことがあれば、書いてみる価値はあるかもしれない。
ただし不定期連載ということで。
それではまた。
小生ここ半年ほど脱ウィンドウズOSを目指してリナックスを試しております。ひとくちにリナックスと言っても結構たくさんの種類(ディストリビューションというそうな)があります。fedora,openSUSE,centOS,red hat・・・。これらあまたあるlinuxディストリビューションの中から私が選択したのはUbuntuというOS。最新バージョンは7.04。来週には半年ぶりの新バージョン7.10が登場する予定とのこと(ベータ版公開中らしい)。
(追記)
10/18にUbuntu7.10リリース。
Ubuntu公式サイトの7.10リリースノート
日本語ローカライズドバージョンは10/19午前中にリリース(私はこちらを使用予定)。
これも前に書いたように、日本でのlinuxデスクトップ普及の鍵を握るのはatokだと私は密かに思っていますが、なんとも嬉しいことに開発元のジャストシステムがやってくれました。linuxOS向けのatok新バージョンatok x3 for linuxが発表されました。嬉嬉嬉。

最新の「ATOK 2007」と同じ機能を持ったLinux版の日本語入力システムが登場(ITpro)
これでいよいよ脱ウィンドウズ計画が新たな展開を迎えそう。私の場合、既に日常的に使用するのはウィンドウズではなくてUbuntuになっています。たまーにgyaoで映画を見るときとpdfファイルの編集をするときだけはやむなくウィンドウズを使いますが、それ以外ではもうほぼUbuntuで不足なし。てかUbuntuの軽快さに慣れてしまうともうウィンドウズのトロい動作に耐えられません。ましてウィンドウズをたまにしか起動しないもんだから、起動のたびにアンチウィルスソフトのアップデートやらなにやらでより一層トロくてもうダメ。「はよせんかいおいおいおい!」となる。相手が人間ならともかく、私は道具対しては要求が厳しいよ、うん。
以前この件について書いたときにUbuntuに不足を感じる点として動画の一部が再生できないこと・pdfファイルの編集機能が充実したアプリケーションソフトが見当たらないこと、日本語入力の物足りなさ、ファイルメーカー(データベースソフト)が動かせないこと、この四点を挙げましたが、linuxは着実に進歩している模様。
・一部動画ファイルの再生(windows media player向けの動画)
→gyaoがsilver light for linuxの採用を発表。
USENがSilverlight対応を表明、「GyaO」のMac対応も (internet watch)
・pdfファイルの編集
→PDFeditというアプリケーションの登場。
デスクトップで欠落していた機能を埋めるPDFedit(ITmedia)
・そして今回、atok新版の登場。しかもwindows向け最新版と同等だそうな。
そのようなわけで、着々と進む脱ウィンドウズ計画。ちなみにファイルメーカーはちょっと面倒な方法ながらUbuntu上で動かしております(Ubuntu上に作成した仮想ウィンドウズPCにファイルメーカーをインストール)。Ubuntu(linux)に移行するにあたって私がもっとも不満に思っていた日本語入力の問題はこれにて解決!あとはジャストシステムさんが継続的にリナックス版atokをリリースしてくれることを祈るのみ。
ともあれ近日中にリリースされるUbuntu7.10とatok x3 for linuxによって私のささやかな計画はほぼ達成されることが確実。
以下ビルへの手紙。
前略
ビルよ、今までありがとう。確かにウィンドウズにはお世話にもなった。こいつは最初のうちはそこそこウイやつではあったが次第次第に横着かましはじめて、やれ「もうハードディスクがいっぱいだわ、新しいの買ってよぉん」「ねぇん、もっとメモリちょうだい、ねえもっと」「あなた、もう寝ましょうよ(@筒井康隆)」などと次から次へとよくもまあ・・・。俺もついにvistaの推奨環境を一見してついに先が見えた。「こりゃあかんわ」とね。
個々人が自分の使いたいアプリケーションソフトによってメモリやハードディスクをグレードアップを迫られるってんならまあ分かる。しかしね、君のようなOSそのものがあれくれこれくれってのはそりゃ僭越ってぇもんだ。それでもまあどうしてもってんのならそれ相応のやり方ってのがあるんでないかい?価格をちっと控えめにするとかイロイロさ。もちろん商売は商売、そりゃ分かっちゃいる。
まあ、ビルよ、ウィンドウズに費したいくばくかの金銭と莫大な時間は返してくれるには及ばない。なろうことなら私とは縁のないPC業界というところで”健全な”競争に参加してくれればそれでもう充分だ。ひょっとして俺もその余沢にあずかることもあろうさ。たのむぜ。
草々
ジャストシステムさんに足を向けては眠れない。
今日は辛気くさいタイトルで始めてみたが、なにも縷々心情を述べようというわけではありません。せいぜい我が欲望を一片ばかり開陳してみようかと。
以前もちょいと書いたのだが、 linux の日本語入力、も少しなんとかなりませんかね。
そもそもlinux使おうってもんが他力本願ではいかんのかもしれんのだが、おれっちの腕ではどうにもならんのだよな。
免許取ったらば、ほんのそこまでちょいとタバコってときでも車使っちゃうように、人間、楽しだしたらやめらんないんだな、これが。
日本語入力に関しては linuxではAnthy、windowsではATOKを使ってますがやはりどうにもATOKの便利さに慣れた身には linuxの日本語入力は正直言ってかったるい・・・。そりゃ、片やフリーソフト、片や有料。贅沢言えた義理ではないとは重々承知。それでもやっぱり欲しい・・・です。なんといっても辞書が、ね。連携が、ね。いいんだよね、ATOK。
linuxの機能には十二分に満足しつつも、画竜点睛を欠くのは日本語入力と言い切っては不躾すぎるだろうか。
日本に限らずお役所その他でのオープンソース利用が促進されはじめたものの、この日本語入力周りの物足りなさは大きな障害ではないか(とジャストシステムさんに取り縋ってみる)。欧文を入力する分には(当たり前のことながら)何の問題もない。しかし実際にlinuxをデスクトップ用途で使ってみて感じるのはやはり日本語入力機能の物足りなさでして、これが解決すればlinuxの普及は格段に進むはず。いや、ひょっとするとそれがなくても浸透してはいくのかもしれないし、ユーザーがそれなりに増えれば自然とフォローされていくのだろうが、ここはひとつ先手を打って新版 ATOK for Linux出しませんか、ジャストシステムさん?
windows版、 mac版から1世代も2世代も後れをとる旧版では・・・・やはり物足りなさすぎ。半年、いや一年遅れでもなんとか我慢します、是非ともlinux版ATOKを継続的にリリースして く だ さ い お ね が い で す。
いや、正直なはなし、日本でのlinuxデスクトップ普及の鍵は間違いなくジャストシステムが握ってる。と思うんだが、どうでしょ!?
以上、しがないPCユーザーUBSGWの切なる願い、でした。
ついでに予言。
向こう三年以内に官公庁・教育機関ではオープンソースがwindowsに取って代わる。
大量発注すればwinのライセンス料も大幅値引きで微々たるもの、linux導入のメリットも大したことないのかもしれないが、そうじゃなかろ。linuxがシェアを拡げれば windowsも値が下がって国民(私)は喜ぶ。(で、もしかしたらwindowsとヨリを戻すかも)。
それともmicrosoftの売り上げ減は景気悪化の原因にでもなるからだめだとでも言うのか?
そもそも競争原理信奉者なんでしょ?>お役所。
ぜひとも率先垂範されたし。
そんなわけで、
がんばれ リナックス!
おねがい ジャストシステム!
どこまでも他力本願なUBSGW。
参院選も終わり、首相退陣論がかまびすしいようですね。まさか純チャン再登板?しかし今回は政治がらみの話題は控えるとします。政治関係の話題を扱った後はなんとなく気分がよくないと以前書きましたが、それはいまこうして書いている文章の語尾に表れているのかもしれません。ま、それはまたいずれ。
話かわって、
ひそかにwindowsからlinuxへの乗り換えを図っている私ですが、インターネット閲覧とメールに関してはlinuxに完全移行しました。linuxへの移行は正解!windowsとlinux(Ubuntu7.04)を同じPCにインストールして適宜どちらかを起動するデュアルブート環境ですのでハードウェアの条件は全く同じというわけですが、ことインターネット閲覧・メールに関しては明らかにlinuxの方がストレスなく使えています。
ブラウザはopera9(時々firefox)、メーラーはthunderbird2を使っています。ふたつともwindows環境でも使っていましたが、動作は明らかにlinux版のほうが早い!とくにメール(thunderbird)は断然早いです。
私の環境においてoperaの一部動作(日本語入力辺り)が不安定だと以前書いていましたが、この点は無事解消できました。原因はQtとやらにあったようです。Cross-Platform Rich Client Development Frameworkとかいう仕組みだそうですが、並のPCユーザーである私にはよくわかりません。ともあれQt関係のパッケージをテキトーにインストールし(あと、operaデフォルトキーバインドのshift-spaceがanthyのそれと干渉するのでoperaの方のを削除)たところ、operaは極めて快調です。windows版operaよりも軽快に使えています。
(参考サイト)How to get Flash working in Opera 9.20
総じてwindowsよりもlinuxのほうが私には便利。音楽を聞きながらブラウザタブを5、6個開いたうえにxfyを動かしつつthunderbirdでメールをチェックなどとあれもこれも動かしても動作が重くなるということがありません。windowsなら・・・・、でしょう?まあメモリを1、2ギガバイトも積んでたら問題ないのかもしれませんが。ハードウェアが同一なら明らかにlinuxのほうがリソースを有効活用できるようですね。
とはいえ、不都合もいくつか。
windows media player向けのストリーミングは再生不能(どうにかすれば出来るのかもしれませんが)、動画サイトgyaoとかは見ることができません。you tubeとかの動画共有サイトなら普通に閲覧できますが。
日本語環境もwindowsと比較すればちょっとばかり不便。ATOKのlinux版はwindows版のそれよりも1世代、2世代遅れてますし。類語辞典が使えないのは苦しい。
いやまあ、このようなことは知っている人にはあたりまえのことなのでしょうが、初心者の私としては「なかなかやるじゃないの~」というところです。
確かに大勢を占めているwindowsを使ってさえいれば何の問題もないといえばないわけですが・・・。
しかし、私はどうも一企業の製品にまるまる依存するというのが気に入らないものですからね。そういえば来月あたりUbuntuの新版が登場する予定のはず。いまから楽しみではあります。
もっとも、私の場合はいまのところwindowsから完全に脱却するのは難しいのも事実です。今までにfile makerで作ってきたデータベースとか、通常adobe acrobatで作成・管理する新聞スクラップなどではwindows向けのアプリケーションソフトを使わざるを得ません。もちろん、linuxでなにもかもwindows並に実現できるほどの知識技術と技術があればよいのでしょうが。
なにごとによらずalternativeがあるってのはそれだけでも精神衛生上よろしいわけで。政治だってそうでしょ!?
ああ、でもalternativeといえば既にMacがありましたね。使ったことないなぁ。こちらもそのうち試してみよう。
毎度のことながら政治がらみのことを書いたあとはなんとなし気分がわるい。単に私の表現のしかたが適切でないだけのことなのかもしれないが、このテのはなしは言わずもがなのことをくどくど述べつらねているような気がして後味がよくない。ま、ともかく政治のことは忘れてしまうとしよう、いつものように。
Ubuntu7上のxfy blog editor は少しづつではあるけれど安定して動き始めた。文字が見にくいという問題はようやく解決。どうやらJDKのデフォルトフォント設定ではsazanamiフォントになっているがこれがどうも私の目には合わなかったようで、IPAフォントに変更することでかなり見やすくなった。おかげで筆(キー)が軽い。久しぶりの一日二エントリ投稿。フォント設定変更の参考にさせていただいた「Ubuntu日記」さんに感謝したい。
ときどき日本語入力が受け付けられなくなる(xfyを再起動すればいちおう回復するが)問題もこの調子でゆけば遠からず解決できるだろうと期待{Ubuntu7.10へアップグレードし、同時にJDKも6にアップグレードして以降、日本語入力もまったく問題なく行えています}。operaでもときどき入力に問題が生じるところからして、そもそもこの問題はxfyとは関係なさそうだ。
しかし暑かったですね、今日も。体の内側から煮えそうでした○
今回はなんのヒネリも芸もない、文字どおりテスト投稿です。もしも(わたくしと同様)羊頭狗肉は大嫌いだとおっしゃる方はどうかスルーしてくださいませ。このエントリは狗頭狗肉です!
ダメもとでxfy blog editorの新しいバージョン(ver.1.5)を試してみる。OSはUbuntu7.04。
過去の経験上、どうやらインストールの成否を握るのは
「Java 2 Platform Standard Edition(J2SE) 5.0 Update 10 以降」らしいのだが、今回はこれをOS付属のパッケージ管理ソフトからインストール。
Sun Java(TM) Development Kit (JDK) 5.0
ちなみにバージョンは1.5.0-11。
JDKのインストール完了後、xfyを起動。blog管理設定までは問題なく終了。しかしいざ記事を書こうとするところでつまづく。タイトル・本文とも入力できず。
そこでJDK5.0をアンインストールした上で6.0に上げてみるが今度はxfyそのものが起動せず。そこでまた5.0に戻すことにし、その際に5.0周辺のパッケージを手当たり次第にインストールしてみる(ただしsun-java5-docだけはインストール中にエラーが出たので外すことに)。で、どうやらインストール完了。
OK.
入力画面のフォントが見づらいがなんとか入力はできている。が、果たして無事投稿できるだろうか・・・。
そんなわけで今エントリは(予告どおり)ただの試験とメモでした。
追伸
今朝、自民党の参議院「敗北宣言」の新聞記事を読んですこしガッカリ。このブログのネタにするつもりだったのだが・・・。
ブログエディタxfyがバージョンアップしたらしい。
windows上ではxfyを有難く使わせていただいているのだが、linux版xfyはわたしが使っているディストリビューション上では相変わらず動いてくれない。xfyのバージョンアップに期待していたが、今回もわたしの望むかたちでの改良は見送られたようで至極残念。
とはいえ更新せぬまま4日も5日も放置はできぬ。おてんとさまが許しちゃくれまい。
なにより、いつもたらされるかもわからぬ朗報を座して待つほど私は気長ではない(むしろ短いと断言すべきか?)。そんなわたしであるからここらで浮気を試みた。linux版のブログエディタを試してみる。
いくつか試した中で使えそうなのが出てきた。
bloGTK1.1
synaptic(アプリケーションマネージャのことね)であっというまにインストール完了。
ちゃかちゃかと文章入力完了(「anthy、もっともっと賢くなってくれたまぇ!)。
で、プレビューしてみるが日本語が文字化けしてるではないか・・・。そういえばseesaaブログの文字コードはshift-JISだったはず。こんなところでローカルコードの悲哀を味わう(?)
ま、とにかく投稿してみるとする。
奇妙な文字・記号がずらずらと表示されていたら文字コードが原因の文字化けだとご了解ください。
って、文字化けしてたらこのお詫びすら読んでいただけないのか・・・。ま、とにかくup。
プッシュ、投稿!!
・・・・
投稿失敗。文字化けの嵐。
しかたない、ブラウザから再投稿せねば。と思ったらこちらも挙動がおかしい。本文をやっとこ書き上げてタイトルを書き込んだ途端にブラウザがおちる。おちる。何度も落ちる(泣)その都度いちから書き直し。
今度はブラウザ(マイナーなopera)の不具合らしい(泣泣)。
しっかりしているようでいて未だどこか頼りないlinuxに翻弄されているUBSGW・・・。
好んで脇道を歩いてしまう者の宿命なのだろう、これが。
いいもんね、これで。
ノートパソコンにlinuxをインストールしてみた。
一口にlinuxと言ってもけっこうたくさんの種類があるようで、私が選んでみたのはOpen SUSEというフリーOS。フリーソフトとはいえなかなか美しい外観。中身の方はまだ使い始めて間もないのでWindowsとの違いに戸惑うことはあるけれど、さしあたりテキストをカタカタ打つ分にはまったく申し分なし。日本語入力ソフトもなかなか賢い(がやはりATOKの便利さには遠く及ばないのも事実)。
普段文章を書くときはテキストエディタ(winなら秀丸)で打っているが、ブログを書くときはJust Systemのxfy blog editorというソフトを利用することが多い。こちらはテキストエディタに比べると若干動作が鈍い点が難点といえば難点だけれど、その分、段落構成やリンク、引用等々がワープロ感覚でチャッチャと出来るので重宝している。ちなみにこれもフリーソフト(いまのところ)。
「タダより高いものはナイ」とはよく言われるけれどもなかなかどうして、大したものだと素直に思ってしまう。まあ実際は有料化される前の「人柱」なのかもしれないが、命を失うでなし、しっかりお蔭は蒙っているのでにこやかに人柱に甘んじている。
しかしこうしたフリーソフトというのかオープンソースというのか、そうした一面ボランティア的な「ものづくり」の在り方というのはとても興味深い。ことITの世界においてはごくふつうのありふれたことなのかもしれないのだが、私のような門外漢にとてみれば驚くべき事態だといえる。対価を(とりあえずは)求めることなくなにかを作りだし改善してゆく動機はなんなのだろうか。「いずれビッグビジネスに・・・」というのもあるのかもしれないのだが、しかしそればかりではなさそうな気もする。
「こういうのがあったら便利かもな」
「よし、いっちょおれが改良してみるかあ」
「これは私にしか出来ないはずだぁ」
そんなところからはじまるのだろうか。
お仕着せに甘んじない自主性。自らの手でつくり出そうとする意欲。そうしたものが世界を大きく変えてゆく。変革しつつある。まさしくイノベーション。
イノベーションを辞書でひいてみると「革新」という訳もある。革新政策、革新官僚、昭和維新、平成維新。「イノベーション」を叫ぼうが「革新」を唱えようがそれだけでは絵に描いた餅。ともすれば革新という名の復古にもなり維新という名のクーデターにすぎないこともある。未来を見据えつつ過去に向かって退歩することだってできるのだ。歴史は後戻りできないなんて言いぐさは正しいようでいて必ずしもそうではなかろう。山手線の終着駅なんてあるのかね?
世にはそれとしりつつ画餅を描いて見せるばかりの人間ばかりではないと実感できるところに(まったくお門違いの)有難味を感じた昨日今日でありました、マル
P.S.
今のような教育の在り方からほんとうに革新的な人間は生まれるてくるのだろうか?整った(ガチガチの)制度の中から生まれる革新性なんてのなんか考えにくいんだけど。
いや、たしかに生まれはするのかもしれない。しかしそのときは「生まれた」というより「はみ出した」「はみ出てきた」というほうが適切なのだろう。しかしそれももしはみ出しを許容できるだけの度量が社会にあればの話だが。
ハミダシといえば『はみだし数学のすすめ』の森毅さんは今もお元気でいらっしゃるだろうか?そうであって欲しいな。
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