山岡鉄舟述 高野澄編『剣禅話』
- 2006年03月17日 (金)
気分転換にこの本を読みました。
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武士道―文武両道の思想 |
| 価格:2625円 |
鉄舟の口述に基づいている点、勝海舟の評が併記されている点で『鉄舟随感録』と似た体裁になっていますが、編者は現代の人です。また、内容も山岡鉄舟に関する類書とは重複していない部分も多く、興味深い本です。
また、編者自身が感じる現代日本の危機的状況についての記述もあり、共感するところが多々ありました。特に金銭崇拝・道徳観の欠如といった点については、既に明治頃から一部の識者の間には危機意識が存在していたとの指摘は興味深いものがありました。
現代の日本には自己の利益追求が無条件に是とされる一方で、利他の心はほとんどまったく顧みられていない感があります。自らの利益を図るためならば他人を出し抜くこと、陥れることすら平気の平左でやってのける輩が少なくないのではないでしょうかね?あるいはそこまで積極的でなくとも、自らの保身のためには他人の犠牲を顧慮しない有象無象はいませんか?
もっとも私自身も”小人”ですが・・・。
最近、新渡戸稲造の『武士道』が注目を集めているようです。良い本だと思いますが、私が読んだ限りでは、論述が理路整然としすぎているきらいがあって今ひとつ心に迫ってくるものがありませんでした。
一方、上記の勝部『武士道』は良くも悪しくも編者の立場・観点がはっきりと示されている分面白く、また興味深く読むことが出来ました。
もし、新渡戸『武士道』が”ピンと来なかった”という向きには、こちらの勝部『武士道』にも目を通してみられては如何かと思います。
以前少しだけ書いた、小倉鉄樹について書いてみます。
といっても、小倉鉄樹についてはまだそれ程調べてないんですが。
小倉鉄樹の名前は、以前読んだ藤平光一さんの著作に出てきたので頭の片隅に残ってました。
同書には、当初は講道館柔道を学んでいた、著者である藤平さんが学生時代に肺病をおして入門したのが小倉鉄樹主宰の一九会であった、と書いてあった記憶があります。(今、手元に同書がないので・・・)。
「とほかみえみため」と唱えながら延々と重量のある錫を振り続けるなどの修行を行うのだそうです。藤平さんはのちに合気道の植芝盛平の高弟として、さら植芝の没後は独自の団体を結成した武道家だそうで。
私自身は、合気道をやったことはなかったものの、武道全般に通じるものが藤平さんの著作から感じ取れましたし、小倉の著作からはもっと大きな感銘を受けました。そういうことから、小倉の師匠にあたる山岡鉄舟について詳しく調べてみようと思ったわけでした。
どのような感銘を受けたのか、私がどのような問題意識を持っているかを書いてみようと思ったこともこのブログ開設のきっかけですが、今はまだ時間の余裕がないので、また別の機会に書いてみたいと思います。
ついでに言えば、琉球古伝空手の宇城憲治さんの著作にも今すごく興味を持って片っ端から読んでます。合気ニュース社http://www.aikinews.com/の季刊雑誌『道』に連載記事もあるそうで、これも今、興味津々です。
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俺の師匠 |
| 入手不可 |
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中村天風と植芝盛平 氣の確立 幻冬舎文庫 |
| 藤平 光一 | |
| 価格:520円 |
数日前から読んでいた大森曹玄著『山岡鉄舟』春秋社1975。
深かった。詳細な感想は時間がないので(憲法をやっつけてる最中なので)いずれ機会があれば書く予定です。
一つだけ書きますと、巻末に資料として鉄舟の筆になるいくつかの文章がかかげられていまして、これが非常に有難かったです。多少読み辛かろうが、やはり原典(真偽が疑われているものであろうとも)はとても参考になります。名称を挙げておきます。
鉄舟についてもう少しだけ。
鉄舟は生涯を剣・禅・書にうちこみ、中年を過ぎた頃に悟りの境地に達したと多くの書物に書かれています。「悟り」と書くとなにか怪しげに聞こえてしまうのが残念ですが。
大悟徹底した(たいして変わりませんか・・・)というか、安心立命の境地に至ったということなんでしょう。
私はこの鉄舟の”悟り”を、周囲からの評価・評判にとらわれることなく、また自分自身の内面的な充実感を得たということではないかと捉えています。
『鉄舟随感録』の中には、鉄舟が大悟する契機となった出来事が鉄舟自身の言葉で記されています。
その出来事とは、なにもインドの聖地で刻苦勉励したとか、怪しげな術を身に付けたりとかいったものではなかったようです。
一人の商人がなにげなく鉄舟に語った商いの秘訣が、鉄舟をして剣道にも禅にもつながる真理を感得せしめたというものでした。日常生活の何気ない出来事の中から、自分自身の問題意識や肉体的鍛錬(鉄舟の場合は剣道の稽古)を通じてより高い次元のなにものかを見出したということなのだと思います。もちろんそうした契機を得るに至る以前の数十年にわたる勉学や稽古が前提になっているのでしょうが。
私としては、鉄舟が大悟したきっかけが普段の生活の中にある、ささいな出来事であったことが非常に印象深かったわけです。
ついでに言えば・・・
わたしは宗教にはほとんど興味がありません。一応は仏教徒ですが。
無駄にお金のかかることは大抵嫌いです。そもそもお金持っていませんし・・・
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鉄舟随感録 |
| 山岡 鉄舟 | |
| 入手不可 |
山岡鉄舟について再び。
鉄舟について興味を持ったのは中村天風の著作を読んだことがきっかけでした。
5,6年前に初めて中村天風の著作に接して、大きな感銘を受け、その著作の一節に次のようなものがありました。
「晴れてよし、曇りてもよし、富士の山」
いい言葉だなと思いつつもこの時は天風の自作なのかな、と思っていました。
今年のはじめ頃に偶然、小倉鉄樹『おれの師匠』島津書房刊を読み、そこで初めて上記の言葉が鉄舟のものであることを知りました。(この本については近いうちに項を改めて書いてみます。)
「晴れてよし、曇りてもよし、富士の山、もとの姿はかはらざりけり」
これが鉄舟自身の本来の言葉でした。
ひとりの人間が実社会で生きていくなかで、さまざまな毀誉褒貶に晒されることはいうまでもありません。そして、不遇の時に如何に処するかでその人の人格が露わになっていくような気がします。しかしながら人間はともすれば弱気になりますよね。たった一人でも真意を分かってくれる人がいれば、それだけでも人間は強くなれるはずですが、そのたった一人すら身近に見いだせないとき、上記の鉄舟の言葉は大きな励みというか、救いになってくれる気がします。(つづく)
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俺の師匠 |
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昨日読んだ『鉄舟随感録』に関連してもうすこし書いてみます。
鉄舟に関しては今でも小説その他の関連本が多数出版されているようですが、この本は鉄舟自身の筆記になるもの(文体が漢語調で慣れないと読みづらいものの)なので非常に中身の濃い書物だと感じました。
第三者の手による、「(鉄舟が)こう言った、こういうことをした」風の書物は、取りつきやすい反面で、鉄舟自身の言葉や思想よりも著者の言葉や考えが書物の大部分を占めるため、読んでいくうちに次第に物足りなくなっていくものですが、この書物は読み応え大です。しかも鉄舟の文章に、これまた幕末の英雄の一人である勝海舟が評論を加えているという、ある意味で非常に貴重な書物です。(だからこそ国書刊行会からの出版なのでしょうが。)
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鉄舟随感録 |
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