トヨタ自動車の米議会証言に関するメモ
- 2010年02月25日 (木)
2010.2.23
2010.2.24
- Toyota Gas Pedals: Is the Public At Risk? (米下院)動画有り
Toyota C.E.O. Addresses Congress(NYT Video)
救援活動(の指揮系統そのもの)に深刻な混乱が生じているとの報道。
However, a statement from President Nicolas Sarkozy on Tuesday said France was “very satisfied” with the co-operation and praised the US for its “exceptional mobilisation”.
年末年始、結局一度も投稿せぬままに過ぎた。
何本か書くには書いたけれども余りにも辛辣。
そして余りにも笑いやユーモアが欠けていた。
しばし考えたのちアップせぬままお藏入りした。
いずれ折を見てアップロードするかもしれない。
やったことのはただの整理整頓、大掃除のみ。
というわけで皆さまご覧の通りと相成りました。
(ほんの少しだけ)ブログの体裁を変えました。
変更箇所はおよそ次のようなところであります。
あれこれそちこちいじったおかげで
けっこうすっきりしたのではないかと。
まだまだ改善の余地はありますが
しばらくこれで様子を見るとします。
て”きるだけ定期的に更新しようとは
おもっていてせめて週に二三回を
めどに目標を定めようと思います。
でも、ひょっとすると(というか多分)
ときどきはサボるかもしれません。
うーん、どうもそんな気がする
。
(注)今日の記事のテキストレイアウトが今までと異っているのは上の体裁変更とは無関係です。為念 。
このブログもいつの間にやらWordpressその他の実験サイトになり果てた。
ブログのURL(パーマリンク)をコロコロ変更したせいでリンク切れが目に余るようになったので、また今回もWordpressのプラグインのお世話になって解決した。以前からあるいくつかのプラグインを使って対処していたつもりだったが、2回3回と変更を重ねるうちにそれらのプラグインでは対処できなくなってきて(いまさら一つ一つリンクを書き換えるのもホネなので)今回新たなプラグインを導入してみた。Redirectionというプラグイン。
http://wordpress.org/extend/plugins/redirection/
http://scott.yang.id.au/code/permalink-redirect/#toc-supporthelp”>http://scott.yang.id.au/code/permalink-redirect/
従来のプラグインと異なり複数のリダイレクト設定が可能(ちなみに過去に使用していたのはDean’s Permalinks Migration,Permalink Redirectのふたつ)。ただしWordpressのパーマリンクタグで転送指定できない。”正規表現”を使って設定する必要があるので手軽に使えるとはちょっと言い難いものの、Wordpressのパーマリンク設定を(私のように)さほどいじりまわしていなければ何とかいけるのではないかと思う。
備忘録代わりに今回の設定を書き留めておく。
条件は以下の通り。
旧パーマリンク設定(その1):
/%year%/%monthnum%/blog-post_%post_id%.html
旧パーマリンク設定(その2):
/archives/%year%%monthnum%%day%/%post_id%
これを以下の新パーマリンク設定に変更した上で二種の旧パーマリンクから新パーマリンクへ301リダイレクトさせたい。
新パーマリンク設定:
/%year%/%monthnum%/blog-post_%post_id%
上の条件の下、Redirectionの設定を次のように行った。
注)下記設定は、2005年以前の記事が無いこと及び設定変更日が2009年であることを前提とする。
ソースURL:/(\d*)/(\d*)/blog-post_(\d*).html:(その1向け)
ソースURL:/archives/(200[5-9])([0-1].)[0-3]./(\d*)(その2向け)
ターゲットURL:/$1/$2/blog-post/$3
なお、この条件に合う正規表現はほかにもいろいろ考えられると思う。ひとまずこれにて。
(その2向け)
ソースURL:/archives/(\d{4,4})(\d{2,2})(\d{2,2})/(\d+)
ターゲットURL:/$1/$2/blog-post/$4
各エントリの末尾にそのエントリと関連性の高いエントリを表示させるプラグインを入れてみた。関連性を(設定に従って)自動的に計算して表示させるプラグインで、まだ設定を細かく調整していないせいか「あんまり関係ないよな」と思われるエントリが表示されたり、逆に「あれ?なんであれが出てこないの?」ということもあったりするのでこれから気長に調整してみる予定。なお関連エントリは各エントリ毎のページにのみ表示されます(=トップページには表示されない)。
あわせて、このブログに設置しているサイト内検索機能が使えなくなっていたのを修正、無事復活。どうやら原因は検索用キャッシュデータがいったんリセットされたあとに別の検索用プラグインを同居させていたせいだったようだ。ついでに検索結果ページで検索キーワードをハイライトするプラグインを入れてみた。キーワードだけでなくその前後のフレーズもいっしょにハイライトされてしまうのを改善したいと思ったけれどデータベース自体に手を入れる必要がありそうなので今回は見送り。
このブログから配信されているフィードの末尾にコピーライト表示が付加されるようになっているようです。原因はなんとなくwordpressプラグインのどれかをアップデートしたことにあるような気がしていますが今のところまだどのプラグインが悪さをしているのか特定できていません。近日中に対処する予定。
ふと数えてみるといつのまにやら20も30もプラグインをインストールしていたりしますが、なかでもスパム対策用wordpressの定番プラグインAkismet などは非常に役に立っています。場末に構えて引きこもってつぶやくこのブログにすら結構な数のスパムが飛んでくるのでね。総じてみれば知らないうちに広告エントリが自動投稿されたりスパムにブログを汚されたりしないところ(そしてそれをカスタマイズできるところ)がwordpressでブログを書くときの良いところ。それでもスパムかどうかの判定が微妙なやつはこの目で確認するしかないわけだけど。ちなみにこのブログに置いていかれるコメントについては、まがりなりにも文章としての体裁をなしていれば(宣伝やら卑猥なものでなければ)そのまま承認というのをルールとしてます。まれにスパムかどうか判別が微妙なコメントも無きにしも非ずではあるけれどそれも「承認」してます。ま、そもそもコメントの稀少なブログではあるのでせっかく頂戴したコメントについては必ずと言ってよいくらいコメントをお返ししてます、今までのところ。
あ、ネット上における実名ー匿名論争についてもそのうち書いてみるとしよう。これも備忘メモ。
ではでは
今日、フィードが突然200件も配信されたかも知れませんが、全て過去の記事です・・。フィード配信設定を変更したので過去のフィードまで配信された模様です。以後、フィードの配信件数:20件から200件とし、そのかわり全文配信ではなく抜粋のみの配信としてみます。しばらく様子を見てまた元に戻すかも知れません。
前略
お詫びです。
このブログはwordpressを使っていますが、私の設定ミスで1週間くらい前から閲覧時に404エラーが頻発しています(パーマリンクのURLが全て変わっています)。
パーマリンクのURLだけが変わったのでトップページから順に閲覧する分には何ら支障有りません。
現状では、検索サイトから直接特定のページを閲覧する場合にはエラーが出ることがあります。
本日、旧URLから新URLにリダイレクトするように設定して旧URLからもアクセスできるように対処しました。しかしそれでも今後数週間のうちに検索サイトのデータが更新されるまでは一部のページでエラーが出てしまうと思います。
草々
湿気の多いこの時期、例年通りの低空飛行中ではありますが、それなりに元氣にやっております。が、頭は(いつも以上に)サッパリ働きません。ので読んでメモメモ。
この新しいアダムには、自分の完全性に対する疑問すら湧かない。彼の自信はアダムの場合のように楽園的である。彼の魂の生来の自己閉塞性が、自己の不完全さを発見するための前提条件であるはずの自分を他人と比較することを妨げているのである。
オルテガ著神吉敬三訳『大衆の反逆』ちくま学芸文庫
以下、ブログの設定について備忘メモ。
これまでアーカイブページ(カテゴリページ・月別アーカイブページ)に5件ずつしか記事が表示されなかったが、ページ数が多くなりすぎて面倒だったため、各カテゴリ・各月について全記事が1ページ内に全て表示されるようカスタマイズ。
custom post per page(http://rephrase.net/miscellany/05/perpage.phps)プラグインを使用。但し、一部を変更して使用。
------------------(省略)-----------------------
$posts_per['category'] = 999;
$posts_per['tag'] = 999;
function custom_posts_per_page($query_string) {
global $posts_per;
$query = new WP_Query();
$query->parse_query($query_string);
if ($query->is_home) {
$num = $posts_per['home'];
} elseif ($query->is_day) {
$num = $posts_per['day'].'&order=ASC';
} elseif ($query->is_month) {
$num = $posts_per['month'].'&order=ASC';
} elseif ($query->is_year) {
$num = $posts_per['year'].'&order=ASC';
} elseif ($query->is_author) {
$num = $posts_per['author'];
} elseif ($query->is_category) {
$num = $posts_per['category'];
} elseif ($query->is_search) {
$num = $posts_per['search'];
} elseif ($query->is_tag) {
$num = $posts_per['tag'];
}
if (isset($num)) {
------------------(省略)-----------------------
他にも良い方法があるのだろうが、ひとまずこれで所期の目的を達成。
感謝。
なお、アーカイブページをタイトルのみの一覧にするかどうかは未定。
久しぶりに朝寝をする。昼過ぎに起き出して雑事をゴソゴソ片付ける(片付けつつある)。未だ山積。
昨年10月のブログ移転に際して一部(大半の)の記事のコメント受付設定が「拒否設定」になったままであったので、本日一括にて処理。
Ubuntu日本語フォーラムの登録者がさきほど1万人を突破した模様。
べつに私自身はフォーラムの運営にかかわる人間ではない単なる一ユーザーに過ぎないが、しばらく前からこの区切りを今日か明日かと注目してきた。私がUbuntuをメインのOSとして使用し始めた1年ほど前の登録ユーザー数は2200人ほどであったから、約1年で4倍のユーザー数となったというわけ。実際にはフォーラムに登録していないユーザーの方が多数派だと思われるので、Ubuntu利用者の数はさらに多いと思う。この一年のうちにUbuntuは相当進化したと(素人ながら)思う。個人的にはATOK x3のリリースが重要な画期だったが、それ以外にも動画のSilverlightやらPDFファイルにマーカーしたり(wineでWindowsアプリを動かす反則技だけど・・・)出来るようになって結構いろんな面でUbuntu(Linux)は使いやすくなった。今年一年でUbuntu(Linuxデスクトップ)がさらなる飛躍を見せてくれることを祈る。
ただでさえ雑用に追われた一年も終わろうとしているこの時期にこそ腰を据えて本を読もうと考えていたのに、まるで嫌がらせのように用件が舞い込んで腰砕けになってしまった。腹立ちまぎれに普段は読まない分野の本を手に取ってみた。今日はジョージ・ソロス『ソロスは警告する』(講談社刊)。「再帰性」「可謬性」のくだりなどはなかなか面白く読めたいっぽう、今後の見通しや提言に関しては「所詮他人の言だからね」と、いつもどおりハナシ半分で流し読みで読了。(たぶんソロスもそんな「嫌な」読み手のような気がする)。
投資家としてのソロスの名前は、経済にも投資にも関心の薄い野人の耳にも届いていたが、実際に本を手に取ったのは今回が初めてであった。一般論として、こと「投資」に関連する書籍の類は、私が本を買おうとするときに「買いたくなくなる」要素をたくさん持っている。
その点、この本は買って得したとまでは言わないが、少なくとも損した気分にはならずにすんだ。ちなみに、私にとっては、ソロスが「興味なかったらとばして読んで」と断っていた部分(再帰性に関する詳論部分)こそ、最も面白く読めた。
記録がてらこの本について以下にメモしておく。
(帯文)
大恐慌は予言されていた!今何がこっているのか これから何が起こるのか!カリスマ投資家松藤民輔氏推薦!「私が今までで一番勉強させてもらった本だ!大ベストセラー講談社 伝説の投資家が警告する「最悪の経済危機」市場経済への過度の依存が今日の危機的状況を生み出した。迫り来る最悪の不況に処方箋はあるか。来るべき未来にわれわれはどう備えるべきか。松藤民輔氏の巻頭解説つき ”大局観”を持つ人間のみが生き残る時代!!
(巻頭解説の中見出し)
「伝説の投資家」の投資法は常にシンプル、ソロスの本が欧米のエリート志願者に読まれる理由、米国株式の暴落は確実に迫っている、ソロスは日本の力が見えていない? 母国日本を自らの言葉で語れるエリートよ、出でよ
ここまでメモして思ったことは、私が読む本を選ぶ基準の一つは、序言なり前書きなりが本文と同じ方向性を持っているかどうかということかもしれない。その点、この本は巻頭解説を書いた人と著者とのスタンスの違いは、太陽と月くらいに違うと思う。そして、太陽と月の違いに関する認識は、これまた人それぞれ甚だしく違うものと思われる。
示唆に富んだ一冊でありました。
![]() |
ソロスは警告する 超バブル崩壊=悪夢のシナリオ |
| ジョージ・ソロス | |
| 価格:1680円 |
ちょっと前に、常用しているUbuntuOSの(kernel2.6.24-22への)アップデートをきっかけにPCから音が出なくなって困っていた。原因が分からず、さらには原因を究明する技術も時間もなく、音無しの寂しいPCライフを余儀なくされていたが、ようやく今日、原因不明のままなれどサウンド機能が復活した(別件でBIOSを初期化・再設定したらなぜかサウンド機能も復旧した)。おまけのおまけに、なんとなく以前より音が良くなったような気もする(眠っていたHDオーディオ機能がようやく正常に機能しだしたのか?)。それで今、クラプトンの「クロニクル」を聴きながらご機嫌でこれを書いている。やっぱ音があるのと無いのとでは違うよ、うん。
ハードウェアには大した費用もかかっていない。スピーカーがちっぽけなせいでさすがにフルオーケストラの再生音質は厳しいが、室内楽を聴く程度には実用十分、それ以上。Ubuntu(Linux)でも、ハードウェアの問題(サウンドカードが認識されるとかされないとか等)さえクリアできれば音楽再生は至極快適。私的には、CreativeLabのE-MUがUbuntu上で”簡単に”動くようになればもっと幸福になれるはずなんだけどね・・・。
関連エントリ:
野良仕事のあと、読みかけの『自省録』を眺めて一日が終わる。日が落ちてからまたブログデザインをいじくる。前のが一部に不具合があって修正するにも結構大変そうだったので、いっそのこと全面的にデザイン変更。といっても外観はほぼそのまま(にする予定)。表記が英語のままになっている箇所がたくさんあるので、今後ぼちぼち整えていく(これも予定)。
交番で(自称精神病の)警官が拳銃を玩具にしたり、隣県に本拠を置く暴力団(そういえば佐賀県内の病院で入院患者を射殺した犯人もそこに所属していた由)が県内に新たな拠点を構えたりと、いまだ物騒なことこの上ない佐賀県。ちなみにその根本的な理由は明らかでない。しかしそれなりの理由があるのは間違いのないところであろう。「アメリカの反知性主義」ならぬ「佐賀県の反知性主義」。(統計には表れないだろう)佐賀の治安の悪さはおそらく九州随一かもしれぬ。ときに、いまも佐賀県庁はネット検閲を続けているのであろうか。
なお、このエントリのタイトルはアイスランド・サガとは何の関連もない。
まだ一部取り散らかしておりますが、ひとまずブログの引っ越し作業を終えました。
本日、夕方から夜にかけて旧サイト・新サイトの両方で不具合が生じていましたがどうにか復旧しました。
細部はおいおい調整していきますので、不具合等あればお知らせいただければ幸いです。
旧アドレス
http://ubsgw.seesaa.net
新アドレス
http://www.ubsgw.net
今後ともどうぞよしなに。
自分たちの満足のいくように自然を変えようと、いろいろあぶない橋を渡りながら、しかも身の破滅をまねくとすれば、これほど皮肉なことはない。
レイチェル・カーソン『沈黙の春』(新潮文庫)
(一口メモ)「自然」を「真実」と言い換えても良さそうだ。
ついこのあいだ年を越したと思ったらもう如月。そして3月、そして・・・、いや、やめよう。
イギリスの心理学者アンソニー・ストーの本をいくつか読んだ。フロイトやユングの本と違ってスラスラ読める。良くも悪くも。べつに面白くなかったといいたいわけではなく、それなりに興味深かったわけだけど、とりたてて今それについて書きたいことは、ない。かたわら『トリスタン・イズー』と高橋源一郎の『正義の見方』をちらちら覗く。読みかけばかり抱えていながら今日からユング『アイオーン』もこれに加わる。まさに乱ん読。そのときそのときで面白そうな本を同時並行的に読むクセは最近はじまったことではないが、ちょっとばかり疚しい思いもある。といって別に後ろめたい訳ではもちろんないが。
後ろめたいといえば、yahoo newsなんかのネットニュースの見出しが最近やけに疎ましく思える。わずか15文字足らずで目を引く見出しをつけなければならないことがそれなりに大変なことだとは想像できるものの、品も芸もユーモアも機知もない、場末の見世物小屋(行ったことも見たこともないんだが)の客寄せみたいでうんざりしてしまう。ほんの1年前でもここまで酷くはなかった気がするのだが….いや確かに、見なけりゃいいんだ、そりゃそのとおり。ごもっとも。
ここ数日寒さが厳しい。底冷え。さぶさぶ。
いま、トリスタン・イズー物語を読みつつある。学生時分、仲間がこれで卒論を書くことになったときにその尻馬に乗っかって「おれも読んでみっか」と手に取ったとことがあって、その時にはまるで退屈だったのだが、今回はまるで印象が違う。
やっぱ古典だよなあ、などと独りごちつつ、でも明日は高橋源一郎を読むのだよ。
一日々々が「えっ」というまに過ぎていく。光陰矢のごとし。
ユダヤ人としてナチスの迫害を受けたV・フランクルが、強制収容所では一日が無限に長いのに対してもっと長い期間(一週間とか1カ月とか)は極端に短く感じるという趣旨のことを『夜と霧』で書いていた。
それに引き比べてみれば、私のように一日も短く一週間もまた短く感じるというのはある意味で幸せなことなのかもしれない。とはいえ、もったいないもったいない、という気はするのだなぁ・・・。
少年老い易く学成り難し。
村上春樹の『世界の終りとハードボイルド・ワンダーランド』読了。メモのみ。
ふと我に返れば今年も残すところあとわずか。
一年の総括でも書くかと思わぬでもないが、いざ書き始めれば越年は必定なのでよすとする。ひとつだけ、今年のうちに書いておこうと思っていたことがあったのだが、これも来年早々に。年頭早々から憎まれ口全開となるかもしれない、ならないかもしれない。未定。
それではみなさまがた、どうぞよいお年をお迎えください。
そろそろ冬篭りの季節になった。
秋になったのに暑い暑いと言っているうちに急に寒くなってにわかに始めた冬支度。とはいえ銀世界とは程遠い南国に住む野人であるからして大したことをするわけでもない。南向きの4畳半にメモ・ノート・座右の書の類を移動させて、夏の間眠っていたPC(こちらは夏篭もり)をアップデートその他再設定してやって、あとはストーブを用意。たったそれだけである。手を伸ばせば必要なものすべてに手が届く環境、それこそが野人にとっての贅沢なり。
必要なものにすぐ手を伸ばせるといえばしかしPCはやはり便利なものだ。一昔前には想像すらしなかったこと、こういう風に使えたらなぁと思っていたことが今まさに実現している。本のありかを調べ取り寄せ保存する、お茶の子さいさい。ありがたい。
そういえばatok x3 for linuxは商品モニタを募集していたらしい。Just My Shopとかいうメールで案内したそうだが、こちとら週に何度も来るようなメールは読まないので見落としてたよ。まあいずれにせよ買うのでよい(Ubuntuできちんと動くようならではあるが)。
(追記)atok for linux x3へのリンクをページの上部に追加しました。今回のリリースに感謝を込めて。
ところでシェエラザードのあと、ずっとロシア文学に浸っている。ありものの『地下室の手記』を手始めにロシア文学お手軽セット(文学全集)を読んでチェーホフの「六号室」に驚く。さらっと読んだ後ふたたび舐めるように再読。喫驚。読書を愛する中年の田舎紳士(精神科医)が患者の一人である青年への共感をうかつに示したが故にいつのまにやら患者として収容されてしまう世にも奇妙な物語。滑稽でもあり恐ろしくもあり妙な現実感をも伴う。有り得ないようでいて有り得そうなはなし。possible。いやむしろ21世紀に入ってこの”possibleな話”がむしろ”probableな話”となりつつあるような気がしている。というよりもうすでにそうなっているかもしれぬ(例の”和訳作業”をしながら”日本語における「可能性」”についてふと考えるようになったが、これはまた別の機会に)。「まーさかそんなこたあるめーよ」くらいの話が今、「ま、あるよね、そんなことも」へとなりつつある。可能性という言葉が味噌もクソも一緒にする形で用いられることの危険性というものがあるのではないか、そのようなことをふと考える。
冬篭り中はたいていそんなことばかり考える南国のシロクマにとって冬はこれからだ。しかし本物のシロクマは冬眠なぞするのだろうか?するならどこで?これもまたこの冬のテーマの一つになった。
昼飯どきに記事をアップしようとしたらエラーメッセージがでていた。「???」と思いつつ、猿回しの猿、ガキの使いのマスコミみたいに同じことを何度も繰り返してみるものの、接続できない、無理、タイムアウトと言われて「まぁいいか」と放置していた。さきほど確認してみたら同じ記事が6、7つ並んでいた。7連投。「そうならそうと言ってくれよな、オイオイ」とブツクサ言いながら消去。私のブログ連投新記録はベン・ジョンソンの100メートル世界新記録と同じ運命をたどった(彼はいまどうしているのだろうか)。抹消。
そのようなわけで、seesaaのサーバートラブルが原因で表示(つーよりモト)がおかしくなっておりましたが復旧したようです。
お知らせついでにメモ。今日読んだ本のなかから一節。
平蔵は曲折に富んだ四十年の人生経験によって、思案から行動をよぶことよりも、先ず、些細な動作をおこし、そのことによってわが精神(こころ)を操作することを体得していた。
絶望や悲嘆に直面したときは、それにふさわしい情緒へ落ちこまず、笑いたくなくとも、先ず笑ってみるのがよいのだ。
すると、その笑ったという行為が、ふしぎに人間のこころへ反応してくる。
~池波正太郎「兇剣」(鬼平犯科帳)
あとがきに”人足寄場”設置を松平定信に建言したのがこの鬼平こと長谷川平蔵であったと記されていたが。
え?そうなの?? 知らなんだ。
ひさしぶりの休養日。あたまはカラッぽ。樹海を彷徨うなら下手な考えは休むに似たり。黙々と歩を進めるのみである。これまた至福。なにせいつでも好きなときに戻ってこれるんだから。虚構の楽しみの一つはこういうところ、だろ?
世の中には、事実は全部あっていても全然本当じゃない話もある。そういう話はだいたい退屈であり、ある場合には危険でもある。いずれにせよそういうのは匂いでわかる。
〜村上春樹『TVピープル』所収「我らの時代のフォークロア」より
なんだか日本国内では政治的無風状態が続いているようだ。不気味過ぎるほどの静けさ。嵐の前兆なのだろうか。そういえば今日の空気はいつもと微妙に違っていた気がする。生ぬるい、渦を巻く気流。空だけが青かった。
私もまた崩壊の危機を目前にしている。
(改頁)
本の山が崩れそうだ。
読み終えて付箋とタバコの灰にまみれた本が机上にボタ山をなしている。
麓(床)には読みかけたままページを開いて伏せた本が散乱。冊数不明。勘定できず。
書籍はそれ自体がひとつの芸術作品だなどと言いながら、その扱いは魚市場のトロ箱よりひどいありさま。本が泣いている。
読み終えた本はさっさと成仏させてやるとしよう。しかしすぐには無理のようなのでさしあたりリストだけでも作っておくことにした。死亡日時(読了日)は記しておくとなにかと役に立つ。
鷲田清一『じぶん・この不思議な存在』
加藤典洋『村上春樹論集1』
同 『僕が批評家になったわけ』
荒川洋治『文明時評という感想』
同 『黙読の山』
前田愛 『成島柳北』
M・ウェーバー『職業としての政治』
荒川氏の舌鋒ならぬ「筆鋒」の鋭さに舌を巻く。いやこれは、おそろしい。
この2週間ほど、このあたりの本を読みつつ、アダム=スミスの国富論とカフカの主要著作という二高峰の登攀に苦しんでいる楽しんでいる。スミスは脇目もふらずにようやく二合目半、カフカ5合目。カフカ山の樹海の中を彷徨っている気がする。『魔の山』よりよほど手強い。おそるべし、カフカ。山頂からの景色はさぞ絶景であろう。それとも絶望が口を開けて待っている?
読書の秋がもうすぐやってくる。
このところ夢見が良い。
といってもべつに酒池肉林を転げ回って美女と戯れる類の夢というわけではない。それは、今の私が精魂を傾けるべき課題について、毎夜々々天啓が訪れるという楽しみなのだ。ウシシ。
え?アヤシイですか??
私は夢の中でもたいてい働いている。そのときどきの自分の生活の大半を占める「仕事」「作業」を夢の中でも繰り返す。以前からずっとそうなのだ(もしやこれは病的な傾向なのだろうか?)。
夢のなかでまで覚醒時と同じことを延々と繰り返すということはよほど私がそのことに集中しているということなのだろう。なにせ寝ているときも覚めているときも24時間ずっと働いているのであるから大したものだ(自画自賛)。いや、ひょっとすると覚醒しているときに実はあんまり集中出来ていないがためにその補償として夢中で働いているのかもしれないが、いずれにしてもちゃんと「やるべきこと」が分かっているということは言えそうなので祝着々々。
しかし、今朝がた見た夢の中で私が「これはなんとしても書き留めておかねば」と念じた「或ること」が目覚めと同時に雲散霧消。トホホ。まあ、ありふれたできごとではある。なんだかモッタイをつけるような言い草だが、そもそも覚えていないので「或ること」としか書きようがないのですよ(エッヘンごほごほ)。
実りの秋、収穫の秋。
今日も快晴。
けふもあつかつた。げんなり。
またまたコメント投稿でしくじる。於某Uブログ。
自分のブログならさつさと訂正するところ、さうもいかず。
よつてここに筒井康隆氏を猿真似し、断コメント宣言する。以後当分リヰドオンリヰ。謹慎。ゐつまで続くか未定。
ただしこのブログへのコメントには御返事書きます。めつたにないことでもあるのでね。コメントは歓迎します。
慣れなゐ旧仮名つかつてみたが、ブログだのリヰドオンリヰだのカタカナ語を交へて使ふとはなはだ奇妙であるなあ・・・。読むほうは不自由なくともいざ書くとなるとこれがなかなか・・・。こればかりは場数を踏まなゐとね。若し間違ゐがあればご指摘頂ければ有り難い。仮名遣ゐに限らず、間違ゐを指摘されることがなゐとどんどん馬鹿になるので。
字主敬白
今日はメモ代わりに最近読んだ本を列挙してみる。
村上春樹 神の子どもたちはみな踊る、アフターダーク、ノルウェイの森、羊をめぐる冒険
バルザック ゴリオ爺さん
カフカ 変身
ポイカート ワイマル共和国
どれもこれも思いつくまま気の向くままに濫読しただけのことだが、唯一姿勢を正して(ただし寝転んで)読んだのがワイマル共和国。十数年ぶりに読み返してみたことになるわけだが、1920年代のドイツと21世紀初頭日本との相似性に目を瞠った。いまさらではあるが。
一部分だけ引用してみる。
公的に保障された福祉の拡充という成功物語には、きわめて問題のあるバランスシートの一面も対応していた。というのも、社会的扶助の官僚制化と標準化にともない、社会的規律化の圧力が高まり、社会的援助は非人格化されていったからである。そのうえ、致命的なことに、世界経済恐慌のなかで、経済循環にそって展開された国家の社会的活動の限界が明らかになった。つまり、好景気のときには、社会的給付の要請が相対的に少ないのに、その拡充のための財源があるが、反対に、国家による社会政策的介入が緊急に必要とされる恐慌の時代には、国家は節約と給付の削減を余儀なくされたのである。(『ワイマル共和国 — 古典的近代の危機』 p112)
言われていることはあっけないこと。
じつにあっけない。
そりゃそうだわな、といったところ。
「じゃあどうして・・・」と言いたくもあるが。
世界は常に不変である、か?と皮肉とも自嘲ともつかぬ言葉を漏らしたくもなる。
前世紀後半、世界を怯えさせた東西対立。人類を数百回絶滅させ得るほどの核兵器。
かわって今は世界中の商品を買い入れてもまだあり余るほどのマネーの洪水。
使えない兵器、使いきれぬほどのマネーを抱えてあるときは恐怖しまたあるときは右往左往する人間たち。恐怖も慾望も限りを知らぬ。使えぬマネーをクルクル回して金利とかいう「安心(?)」を買う。そして慾望は募るばかり。雪だるま式とはこのことか。
効率化という掛け声に覆われた世界が陥った大いなる無駄づかい。
人間ばかりが擦り減ってゆく。
「人間喜劇」(@バルザック)
ぅおおぅ、、ここはどこ?
この本を読みながら思ったことがひとつ。
どれほど客観的データを満載した論説も、それだけでは信用しかねる、ということ。
ときに煩わしいほどデータを盛り込んだ論説がある。が、どうも私にはそのような論に説得力感じることが出来ない。自説を補強するデータばかりを持ってくる論説。数字ばかりで「言いたいこと」がまるで見えない論説、ああでもあるがこうでもあるとデータの解説で終わってしまう論説、いくらもある。
積み上げるばかりではなく、ときには自らの飛躍を押さえ込むために客観的データを用いるという形の論じ方もあってよいのでは。むしろそちらが本道だと思うのだが。
一方で、悲憤慷慨するだけで終わる論説、論旨の見えない論説、屋上屋をチマチマ作るばかりの論説もある。これまた同様に読むことが苦痛となる。
畢竟、論者がどのようなところで自らの飛躍を自制しようとしているかが皆間見えたときにこそ、彼が信頼に足る論者かどうかが浮き彫りになるように私には思える(もちろんポイカートは私にとっては信頼するに足る論者であった)。
そんなことを考えた今日の天気は晴れのち混沌。
![]() |
ワイマル共和国―古典的近代の危機 |
| デートレフ・J.K. ポイカート | |
| 価格:3675円 |
身につかない正攻法を用いて大失敗、羹に懲りて膾を吹き吹き「今後は手段を選ばぬぞ」という意気込みか。
得体の知れないものが一見穏やかな水面の下で今まで以上に激しくうごめき始めた。まさに今こそ本領発揮というべきか。それとも断末魔のあがきと言うべきか。
「負けた原因は、用いた手法のためではなく自分自身の深いところにあるのだ」という自省は薬にもしたくないらしい。
「ぼくのせいぢゃないもん」「わるいのはあいつだもん」。一匹殺したところでどうにもならぬ。まだ万匹いるのだぞ。観念して精進せい。
それとも「この怨みはらさでおくべきかぁぁ」というわけか?
もう長くはないね、キミ。終わっちゃってるよ。原点に帰ろうよ。
墓の中で私はぼやきつづける
なんのことだかさっぱりわからん。
個人情報保護とOECDを連想。もう1回調べ直すとしよう。
久方ぶりにWindowsを起動。Linuxの快適さに慣れてくるとWinのもっさり感がひときわ際だつなぁ。アサヒドライとキリンラガーの違いと似てるか・・。
8月も半ばを過ぎるとそろそろ夏の終わりを感じなくもない。とはいえ、真っ正面から突進してくる男らしい暑さがいつのまにか真綿で首を絞めるような鬱陶しい暑さに変わって余計に堪える。ジトジトべとべと。「カーッ(喝っ)」・・・ぺっ。
ま、軽くいなしとくべし。
とまあそんなわけで扇風機と団扇で温みきった空気をいなしつつ村上春樹とデートレフ・ポイカートを読んでおります。ねじまき鳥とワイマール共和国。
これといって面白おかしいことも腹立たしいことも解決すべき課題も(今のところ)なく、時間だけが蜃気楼のように現れては消えてゆく。いや、もちろん時間がひょこっと顔をのぞかせたりするわけではないよな。でも時間はやはり見えるのだよ。私の目には。君の目にも。「いま何時?」「10時!」聴こえる者には聴こえるのだ。時間の音が。「ハイ、ワンツースリー!」
時間ちゃなんだろね?またひとつ疑問が増えた。
なんだか韜晦気味の毎日。
それもこれも「太陽のせい」なのだ、たぶん。
いまニュースをざっと眺めていた。なんでも救急車を蹴っ飛ばして逮捕なのだとか。
まあ近年珍しくもない出来事ではある。どのような事情があったのかはもちろん知らないわけだが、万一、患者の搬送に携わる隊員たちに何らかの落ち度があっとしても救急車蹴っ飛ばしてどうにかなるものではなかろうに・・・。隊員の胸ぐら掴むとかなら分からなくもないが、それにしたってそれで何かが解決するものではなかろうに。
などとちょっと偽善者ぶってみたが面白くもなし。
まあ、ほんと珍しくもなくなった。「逮捕」「逮捕」である。
逮捕者の総数が増えているのかそれとも減っているのかその趨勢は知らないが、逮捕者の増加がすなわち治安の向上であるとするならばそれは喜ぶべきことなのだろう。
いや、それとも逮捕者の増加が治安の悪化を示すのだとして私は嘆くべきなのだろうか。
と「考えるひと」ぶってみたがこれまた面白くもなし。
私の実感はどうかといえば、「わるくなる一方だねぇ」。
教育再生問題にも通じると思われるのだが、公権力の徒な行使によって教育なり社会なりをより良き方向に持って行こうとする試みはいずれ挫折するのだろう。いや、挫折すら出来ぬまま、社会の混乱をいや増すことになるのやもしれぬ。時代はどうやら19世紀に逆行しているようだ。放任経済、夜警国家。
その理想とするところはそれなりに高邁であった共産主義の崩壊以後、世界は本来の姿に戻っただけなのだろう。共産主義というオルタナティヴな存在を失ったとき、資本主義は再び暴走しはじめた。
信用力の低い人々、支払い能力のない人々が高金利の源泉となる不可思議。経済"学"的には当然のことなのかもしれないが、不思議は不思議。彼らも欲しがっている、だと?欲しがる子供にはなんでも与えてやるのかね?欲しいのは金利なのだろう?偽善はよしたまへ。いや、せめて名もなき債務者へ黙って黙祷を捧げたまへ。「あいつだって欲かいたわけだし」などという言葉はもう聞き飽きた。
それでも彼らは言うだろう。こっちだってそれなりのリスクは負ってるのだ、と。それが資本主義というものなのだ、と。各自が種々のリスクを負い自己の責任において自由経済市場でゲームに参加するのだ、と彼らはいう。
ところで「経済成長ゲーム」には「あがり」ってのはあるのかね?
一方では、知的財産権と称した知財の囲い込み。私はその権利概念自体を否定するものではない。しかし知的財産権を盾にしたイヤガラセめいた訴訟濫発には反吐が出る。なんだ、結局カネではないか。そうか、君はカネを目当てに創意工夫に励んだのか。それはそれで結構。君の勝手だ。しかし他人の創意工夫を邪魔するのはよしたまへ。
君のことだよ、ビッグ・ビル(@カレル・チャペック)。
将来得られるかもしれない経済的利益がイノベーションを促す、だと?そんなイノベーションなぞいらねえよ。その程度のものならいずれほっといても出てくるはず。べつに焦って無理して搾り出すこたないんだよ。
「もうそろそろこのへんで」「これ以上はちょっと止めとこか」などという嗜みは決して万巻を積み百論を尽くしても現れはすまい。現状追認的でしかあり得ないのが理論や学問の限界。「革新的新理論」などと気張ったところで、世界はすでにそこにあり、これからもありつづける。もちろん無限に変化し相貌を改めながら。
進歩、成長、イノベーションという幻想。
終わりなき自転車操業。
結論言いたいことは何なのか、と?
いやぁ、ま、いまの世の中「言ったもん」「やったもん」勝ちですな、ってことかな。
やってるこたそのへんのチンピラ高利貸しとどっこいどっこいじゃねえか。
馬鹿こくでねえ。
ああ、それが世の中だったのかい。
そうか、俺が眼ぇ背けてただけか。
そりゃごめんよ。
この週末、PC環境をリニューアルすべく延々と作業。どうやら完了したもののxfy blog editor回りの設定がうまくゆかず、今回はブラウザで書き込み。operaは快調!早い!!。ついでにメーラー(thunderbird)も驚くほどサクサク動作。改めてスパムメールの多さにびっくり。thunderbirdの学習機能のおかげでまっすぐゴミ箱へ直行。気分よし。
ここしばらく、自分のブログの文章の雑さが気になっていた折も折、内田樹ブログで「ぴぴぴん」とくる記事を読み思わずコメントを残す。が、このコメントがまた雑な文章になったのはご愛嬌(自分でいうのもなんですが)。「宿題」を果たしたいところだが、いまxfy使えないのと、時間が経って勢いがなくなったのとで筆進まず。
近いうちに・・・。
「わたしはゆうげんじっこうのひとである」(断言)
トップページを少しばかり整理しました。
ウェブアクセシビリティについて「Website Usability Info」というサイトをしばしば参考にさせてもらっております。こちらのサイトの作りは非常にスマートというのか紳士的というのかとても品の良さが感じられます。そちらの最近の記事でダウンロードTIMERなるものが紹介されており、ためしに当ブログのトップページのダウンロード所要時間を計測してみたところ、とくに文字サイズ変更スクリプトのダウンロードにかなり時間がかかるようでした。
DSL回線ですら表示に12秒(ほんとかなぁ?)と出ましてね・・。ちなみにせっかちな私の場合、どこかのサイトにお邪魔してクリックのあと3秒以上たっても画面が表示されなければ即時撤退(戻るボタン)しています。
ましてブロードバンドが普及してきているとはいえ、まだまだダイヤルアップ回線を利用されている方もいらっしゃることでしょうし、JAVAスクリプトを解除しておられる方もいらっしゃるでしょう(文字サイズ変更はJAVAスクリプトを利用しています)。
私としては
「何々プラグインがないと見せてやんないよお」
「一見さんおことわり」
「あいすいやせんね、今日はもう予約でいっぱいでしてね」
とは言いたくない(言えない)ので「ポクポクポクポクちーん」(@アニメの一休さん)と考えました。
そんなわけでひとまず文字サイズ変更ボタンは記事ページのみで表示されるように変更しました(ダウンロード時間半減)。
もし文字が小さくてトップページが読みにくいという方は各エントリのタイトルをクリックして記事ページに移ってお読みいただければと思います。
そのほかいくつかのコンテンツをトップページでは非表示としました。
追記)2007/04/22夜 リンクの不具合を修正しました。
カテゴリを整理した後、タグ(キーワード)を活用しようと試行錯誤。
今回、タグページにタイトルのみではなく記事の要約(冒頭部分)が表示されるように変更しました。
参考にしたのは「小粋空間」さんの「Seesaa ブログテンプレート更新(タグリスト・タグクラウド対応)」。
タグページの使い勝手がいまひとつのように感じられるのでぼつぼつ改変の予定。表示件数を増やしたい、タグをクリックしたらそのままtag/articleが表示されるようにしたい・・・。
いつになるかは未定ですが。ボチボチ。
さきほどふとseesaaブログ付属のアクセス解析をのぞいたところどうもここ数日来、
http://ubsgw.seesaa.net/pages/
user/comments2/regist/input
からのアクセスが毎日10~30件ほどあっていることになっていおりました。
このURLはどうも当サイト内にある、コメント記入の(エラー)ページのようで、
「”ERROR: NOT PERMITED METHOD: subject “へのコメント」
というメッセージは(私の乏しい知識で)推測するところ
「存在しないエントリ(記事)へのコメントになっちゃってて受け付けできませんゴメンナサイ」
ということのような気がしますが原因等詳細不明。
よくわかりませんがもしそうならメールもしくは別エントリへコメント投稿していただいてもかまいませんので。
とにかく原因不明(わからない)ですがちょっとだけ気になりました・・・。
ためしに自分でコメント投稿してみましたがとくに問題なく完了。
まさかとは思うけどこれって新手の詐欺とかクラッシャー?
もしやこんなこと書いてわたしは墓穴を掘ってしまったのか?(笑)
いちおバックアップとっとこ。
そんなわけでお知らせでした。
今日の腹ごなしは文字サイズの変更ボタン設置。(ブログタイトルの直下に設置)
タイトル直下の
「小さく」
「標準」
「大きく」
をそれぞれクリックすると文字サイズが変わります(ただしブラウザの「JavaScript」とかいうのを有効にしておく必要があるとのこと)。
フォントサイズはとりあえず、
「小さく」=90%
「標準」=110%
「大きく」=130%
に設定してます。
もちろんブラウザの「表示」→「文字のサイズ」→「○○」で任意の大きさに変更することも出来ます(あたりまえだけど)。
ワンタッチで文字の大きさが変えられるぶんだけ少しは役に立つかもしれません。
「小さめ」「大きめ」の拡大率はさしあたりテキトーに設定してみたのでしばらく様子を見て微調整する予定。
参考にさせていただいた「Ogawa Memoranda」さんのprototype.jsを用いたフォントサイズ変更スクリプト。有り難うございます。外部スクリプトを利用したのは今回が初めてでした。
同じく参考にさせていただいた「ウェビンブログ」さんの文字サイズ変更ボタンを付けよう文字サイズ変更ボタンを付けよう。こちらもすてきな”サイズ変更ボタン”を取り付けようかと思ったものの、私の知識不足のため今回は実現せず。いずれ改めてチャレンジするつもりでここにメモしておくことに。
今晩はこれにてドロンパ。
(2007/04/04一部リンク切れを修正しました)
ブログデザインを「白地に黒文字」に戻しました。
白と黒という同じ要素ですがやはり黒地に白文字は読みにくいですね。目のチカチカはディスプレイを調整すればよいことに気づきました。
ただ、真っ白ではなくて少し淡いグレーぽい色にしたいなあと重いながらも256色の中には適当な色がみつからず。色の変更はスタイルシートをテキストエディタにコピーして一括置換するだけのことなので、よさげな色が見つかったらまたそのうち変えるかもしれません。
それとRSSフィードの配信に「Feed Burner」というのも使ってみることにしました(ただし従来のrdfフィードアドレスも当分は併用しますので既にRSSで閲覧頂いている方は「放置」「無視」して下さって結構です)。
画面右下(「新着記事」の直下)の
「RSSリーダーで読む」
もしくはここ←
をクリックしてみてください(けっしてヘンなサイトに飛んだりはしませんのでご安心を)。
ちなみにわたし自身、他所様のブログはRSSでまずチェックして、それから興味のある記事だけ飛んでいって閲覧してます。RSSは便利なわりにまだそれほど利用されていないらしいのですが、かなり便利な機能だと思います。
とはいえ私も余りそのへんのことには詳しくはないし、釈迦に説法の愚を犯していそうなので一言、「RSSって便利ですね!」ということで。
末尾ながら、ブログデザインについて率直なご指摘を下さった戸塚様に御礼申し上げます。
一昨日おしらせした通りブログの画面表示不具合をなんとか修正完了です。ふぅ・・・。
ついでにいくつか微調整(細かいレイアウト調整)。
とにかくもう、ネットを検索してあちこちの記事を参考になんとか終了。(ついでにいえば、やはり何事も鵜呑みはいかんと実感・・・)。
container,blogbody,links,div,class・・・。「そんなん、知らんが!」。もうしばらく見たくもなし。
しかし、それらの作業をしながらoperaはやはり使いでのあるブラウザであることを実感。作業中ずっとIE6,firefox2,opera9.1を同時並行で扱っいたが、operaの軽快さは驚異的。ついでにいえばoperaの画面「ズーム」機能はきわめて便利至極。
ま、それはおいといて。当ブログ、解像度が800ピクセルよりも大きいモニタで表示させると画面両脇に無駄な余白ができてしまいます。それは当方でブログの横幅を絶対値で指定しているせいです((800ピクセルのモニタを想定して若干マージンをとって760ピクセル))。余白がちょっともったいない気もしますが、そうしないと1024pxとかに設定するとそれ以下の解像度のモニタでブログが画面からはみ出してしまうのです(operaで閲覧した場合の現象ですが)。
IE,firefoxで閲覧するときは「文字」は大きく出来るけど余白はあいかわらず余白のまま。ところがoperaのズーム機能を使うと見かけ上はモニタの解像度を可変させるのと同様の効果があるようです。無駄な余白がなくなる。operaを一言で評すれば「軽快」「フレキシブル」・・・あ、二言のあやまり。
せっかくなのでoperaのサイトをリンク。
opera.com(日本語サイト)
べつにoperaの回し者ではありませんが。いいものはイイ。
firefoxにもアドインでズーム機能 「IE Tab」 (大間違い)「page zoom」がありますが、実際使用してみると動作が重かったです(これはどうも私のPC環境が原因のようです)。がんばれ、firefox.負けるな、IE。もちろんIEはまだまだ主流。私もお世話になってます。ただ、複数のブラウザを使う場合に困るのは、「ブックマークの管理」が面倒だということになりそうですが、私も困っておりました。が、今は問題なしです。「Book Sync」というブックマーク同期ソフトを活用。IEとその他のブラウザ3種のブックマーク同期がワンタッチでとれます。ちなみにoperaもBook syncもフリー(無料)ソフトです。Book syncもリンク。Tatsu’s room on the Web
しかし、である。日記といえば古来「おとこもすなる・・・」「ひぐらしすずりにむかひて・・・」なのだろうが・・・。「日記帳の製本が気に入らない」からといってページをばらして製本し直した人はかつていなかったであろうなぁ・・・きっと。
学校教育法改正案、教員採用試験問題漏洩、政務調査費問題、日豪連携、佐賀県北方町連続殺人事件、取調べ可視化、冤罪が発覚した富山の県警本部長が九州管区警察局総務監察部長就任、書きかけの農業青年エントリその他もろもろ・・・。書きたいこと、調べたいことは山とあれど手つかず。これが仕事ではないのがせめてもの救いかな・・・。
ともあれようやく日記帳が用意できたことである。
心機一転、本年二回目の元旦である。(なんのこっちゃ)
寝よ
(2007年3月17日朝追記)
ズラッと並んだ過去ログを(念願の!)プルダウンメニュー化してスッキリさせました。
参考にしたのは
「無料ブログ作成deアフィリエイト」の記事。
カテゴリHTMLにcopy&pasteするだけでOKでした。感謝。
画面表示の不具合解消へ、ざっくりスタイルシート自体を変更しました。ご覧頂ければとくに説明は不要かもしれませんが、明日にでも説明をupします。
今日のところはこれにて・・・。
・画面表示の不具合
(インターネットエクスプローラで閲覧いただく場合に、とくに過去ログやカテゴリ記事を表示させると画面表示がおかしくなることがあります)
このブログを開設してから1年ほど経ちますが、当初からoperaブラウザを常用しています。ので、当サイトの見栄えも(結果として)operaに最適化していたわけです。
もちろん他のブラウザでも一応のチェックはしていたのですが(といってもIE6,firefoxくらいのものですが)、昨日少しだけスタイルを微調整する作業をやっていたところ、IEでは画面の一番右の列(右カラム)が本来の位置に表示されずにページのずっと下の方に迷子になっていることがあるようです。表示させるページ次第で現象が生じたり生じなかったりします。(firefoxで閲覧した際には問題なく表示されるようになりました。ようやく。)
以前にも同様の現象に気づいて、その時は記事中に貼り付けていた長々としたアドレス(ってかhttp://・・・というやつ)を消して(というか参照処理?よくわかりませんが)解消したのです。が、今回はそれ以外の原因なのかもしれません。
PCスキルの乏しい私にはすぐには解決できそうもありません。参考になる記事をネットで検索するなどしてちょこちょこと原因を探してはいますがしばらく時間が掛かりそうです。すみません。
そんなわけで、
さしあたって当サイトをご覧頂いた際に画面の表示が奇妙だとしても、それはおそらく当方に原因があるとお考え下さい。
いまのところ、私が気づいた不具合は、右カラムが落っこちている点だけですが、ひょっとするとOSやブラウザの環境次第ではもっとたくさんの不具合があるのかもしれません。もしお気づきの点があれば(すぐに対応できるかどうかは心許ないところですが)お知らせいただければ幸いです。
ちなみに当方の環境は
WindowsXP SP2
IE6
です。
先日、カテゴリページに記事一覧が表示されるようにしたのですが、改めて別の手法で使ってカテゴリページ及び過去ログページで一覧が表示されるようにしました。さらにお安く、いや、さらに見やすくなったはずです。(ついでにリンクにマウスをのせたときに変化するようにもしてます)
※すべて「大ちゃんの、ブログで稼げるか」さんの記事(一覧表示)・記事(リンク変化)を参考にさせていただきました。
ここのところブログのカスタマイズにばかり手間を掛けておりますが、問題は記事そのものの内容です・・・。どうも現実逃避気味で。いか~ん。
最近ブログデザインをチマチマといじっておりましたが・・・。ふたたび。
なんだか従来の背景色(白)が私の眼には刺激が強すぎるように感じられてきたので試しに文字色と背景色を反転させてみました。
私の眼には楽になりましたが、ひょっとすると環境次第では今までよりも見づらくなったかもしれません。
しばしこのデザインで様子を見てみようと思います。また元に戻すかも・・・。わかりません。
ネットで検索するとブログカスタマイズの実例が実にたくさん紹介されています。それらを参考にして新着の記事・コメント・トラックバックに「NEWマーク」が付くようにしてみました。
マーク表示のやりかたはPERSONA@BLOGさんを参考に、NEWマークの素材(gif画像)はアイコン王のフリー素材さんから拝借させていただきました。
過去24時間以内に投稿された記事・コメント・トラックバックが対象です。
おかげで前よりも新着記事が目立つようになった・・・と思います。あとは読んでさえ頂ければよいのですが。どうでしょう?
腹ごなしに少しだけデザインを変えてみました。
1. 【カテゴリページに記事一覧を表示】。(のぞいてみてください)
→2007/03/13に別の手法でカテゴリ・過去記事の一覧を表示するように変更しました。
2. 【リンク下線の非表示化】。
ただし、記事本文のリンクは地の文と区別しやすいように従来通り下線つきにしてみました。
3.【「島田雅彦」カテゴリを追加】。
4.【外部リンクのプレビュー機能】
1.は「ブログカスタマイズアフィリエイト」さんを参考にさせていただきました。
4.は「HeartRails Glance」を利用しています。
(リンクのところにポインターをあてるとリンク先のサイト名とプレビュー画像が表示される設定ですが、リンク先によっては反応がないものもあります。原因はいまのところ不明・・・。ポップアップした画像をクリックするとでもリンク先へ飛べます。
ただし、いまのところこれに対応しているブラウザは、InternetExplorer、Firefox、Opera だけとのことですので、それ以外のブラウザでリンクにマウスを重ねた場合は何も起こりません。)
こちらはしばらく様子を眺めながら使ってみようと思います。
それでは。
(2007年3月16日追記)
※「HeartRails Glance」について設定を若干変更
記事本文・コメント欄・トラックバック欄中の外部リンク(他サイトへのリンク)のみでプレビュー表示されるよう変更。理由は、トップページにあるブックマーク等でいちいちプレビュー画像が出てくるのは鬱陶しいようなので。
古来、「一年の計は元旦にあり」とはよく言われる言葉である。
よって不肖私も1月1日付でちょいと辛みの効いた一文を掲げたいと思っていたのだけれど、既に昨年末より酒と読書の二大悦楽に溺れてタイミングを逃した次第・・・。
ともすると自分の誕生日など忘れてしまう粗忽者ですら、新年を迎える諸々の始末・行事には「歳を重ねる」ことの厳粛さとでもいうのか、ある感慨を催させられる(呑んだくれながらではあるけれど)。頂戴した賀状にもまた、その人その家庭の「行く年来る年」を(勝手に)感じて「幸おおからんことを」と祈らずにはおれない。
今年もまた例年の如く、愉快なこと腹立たしいことやりきれない思いをすること嬉しいことが起こるだろう。
今年をこそ良い年にすべく努力しよう。一日々々を大切にするように。一瞬々々を慈しむように。
あれあれ?なんだか仮面が勝手に饒舌っているようだ。
さしあたり今年の一言テーマは「愉快」としよう。
愉快に楽しく馬鹿々々しく日々過ごす方針に決定。
(それともう一つ追加。ブログの文章を出来るだけ練ること)
さてさてまた読書を・・・(いそいそ)。
ブログデザインの変更が原因で、IE等のブラウザで閲覧した際にブログのレイアウトが乱れる現象が起きているようです。(本来左カラムの横に表示されるはずの記事が下の方に飛んでしまいます。)
原因は、長いURLをそのままコピー&ペーストしていたためのようですので、逐次対処します。記事を読むぶんには読めますが、美観が・・・。ご迷惑おかけします。
ブログデザインを若干変更しました。
・文字と行間を拡大
・サブカテゴリを追加
・レイアウト変更
私がブラウザとして日常operaを使っているもので、それに合わせて設定していましたが、インターネットエクスプローラ等では若干見づらい点があったようでしたので修正を試みてみました。
先日、舞台に立ってきました。とあるパフォーマンスの為に。
何度も経験してきたことですが、決して満足出来た試しがありません。それは何故か。
1.表現内容が洗練出来ていない。(あやふやなままにしてしまっている)
2.表現技術の未熟
3.心構えの未熟さ
1については勉強と経験を今後も積んでいくほかないのかもしれませんが、2、3特に3に関してはその気になれば今の時点でも実現可能であるだけに忸怩たる思いが残ります。
その気になれない。
やる気がないという意味ではもちろんありません。よりよいパフォーマンスをしたいのはヤマヤマです。しかし出来ない。原因は一つ。一面でよりよいパフォーマンスをしたいと思う反面で、しくじったら拙い、しくじりたくない、という守りの意識が残っているからなんだろうと思います。”身をすててこそ浮ぶ瀬もあれ”ではないですが、自己表現と守りの姿勢は相容れないのではなかろうか、とも思います。
次の機会には必ず・・・・
ところでそのパフォーマンスの際に気付いたんですが、どうも私、視力が極端に低下しているようです。(最近少しばかり読書量が多めなせいかも。単にコンタクトの手入れが悪いせいではないようで。まさか老眼!?)
そういえばしばらく前から、夜間走行が恐ろしい・画面がぼやける・人の顔が判別しづらい・字面に焦点が合いにくい、などなど思い当たる節が多々。困ったもんです。
梅雨も明けて戸外にいることも多くなってきたのでせいぜい目を労ってやろうと思ってます。今日の空は青かった~!
読了。
北御門二郎は熊本で農業に従事する傍ら、トルストイの研究・翻訳をなした人物だそうです。
考えさせるところが数え切れないくらいありましたが、詳細はまた後日。
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憲法判例+民法
交通事故に関する裁判で偽証、福岡地検が逮捕。
(goo news)
詳細がいまひとつ分かりませんが・・・。
目撃者証言・第三者の証言が常に充分な客観性を備えているとは限らない、と理解すべきでしょうか。
特に郡部あたりでは、意外なところで人脈がつながっていても不思議ではないようです。
長年、文字通り肌身離さず身に付けていた品をついに壊してしまいました・・・。自らの不注意が原因です。
まぁお金さえ出せば代替物は手に入るわけですが、それでさえもなんだか寂しいものです。
白洲正子『明恵上人』の読後感。というよりは覚書。
狂人は、柱を登ったり、天井板にはりついたりすることがあるそうですが、それは疑わないから出来ることなので、我々常人ははじめから不可能ときめてかかるきおとにより、出来ないことが多いのではないかと思います。だが、上人にとって、・・・「いみじき事」でも、「神変がましき」振舞でもなかった。「自然と知れずして具足せられた」力にすぎないのですが、やはり世間の人々には、不思議に思われ、特に好きなものに対する常軌を逸した打ちこみぶりは、「ものくるほし」く映ったに違いありません。だからといって私は、狂人と天才は紙一重などといいたいのではない。外観は紙一重でも、質はまったく違うのです。(後略)
人ノミテワラハムコトヲカヘリミズ 心ヤリタル秘密授記カナ(行状記)
以上前掲書より引用
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