- 2007年8月14日 (火)
二人の詩人
この一月ほどのあいだ、一人の詩人と一人の作曲家の名前が頭の片隅にずっと居座っている。
いつもの私はパッと思いついたことをスイスイすらすらダ〜ラダラと文字に変え、さきに楽をしたぶんの対価としてその後しばらくのあいだジクジクと襲ってくる自己嫌悪の念からはとっとと逃げ出して、また懲りずに書くことを繰り返しているアホウだが、今回はどうもそういうわけにはゆかず今日になった。といっても大したことが書けるわけでなし、自身の内心をいま言葉で十分に表現する自信もまるでない。が、それでも恥を忍んで書いておこうと思う。
原口統三と太田哲也。
詩心など逆さにしても出てこず、書いたことはもちろん読んだこともほとんど皆無という私ですらその名前は知っていたくらいなので、原口については口を噤もう。『二十歳のエチュード』。それだけで十分だろう。そして太田についても詳しいことは何も知らないのでこれまた何も言うまい。現役で活躍されている作曲家のようだが、ネットで検索しても詳しいプロフィール等は見当たらなかった。
が、ひと月ほど前、なにをどうやっていて辿り着いたのかさっぱり思い出せないのだが偶然この太田氏の公式サイトらしきもの*1に行き当たって、少しばかり驚いた。こう書けばあとにはどう驚いたのか、なにに驚いたのかを書くべきところ、それがどうにも書けぬまま今日に至った。彼のサイトのどこかに原口統三の名があって(どこだったか不覚)、さしあたりそれを頼りにすべく原口に関する本を二冊ほど読んでみた。一冊は言わずと知れた『二十歳のエチュード』、もう一冊は原口の親しい友人であった清岡卓行の『海の瞳〜原口統三を求めて』。
読んだことはなかったものの、『エチュード』には少しばかり思い出がある。その昔、これまたどこで目にしたのか記憶が定かでないのだが(私はいつもそうだ。到底学者にはなれぬ。)エチュードの一節を目にして、妙に心惹かれるものを感じてこの本を書店で探してみたことがあった。しかし当時調べた限りでは既に絶版となっていて、いくつかの古書店にもあたってみたが偶々見当たらなかった。もちろんその当時インターネットなどという便利なものもなく、結局エチュードはそのまま読まずに過ごしたのであった。
今回太田氏のサイトで原口の名を見かけかつ太田氏の文章に感じるところがあって、改めてエチュードを探してみたところ幸いいまエチュードは光芒社から再刊されており、これが近くの図書館にも所蔵されていたので借り出して読むこととあいなった。
太田氏のサイトで引用されていた原口の言葉は次のようなものである。
「天邪鬼め!」などと、己惚れた悪口はよしたまえ。僕は何も故意に君たちに反対したのではない。僕はいつでも独りだっただけだ。
生来の偏屈者、天邪鬼の私がこの言葉に反応してしまうのは当然のことと言うしかない。(不遜な物言いをお許しあれ)
著者の師友らの手になる丁寧な解説の付されたエチュードを読む限り、原口の潔癖性が彼の自死の所以であるらしい。いざエチュードを読んでみて、詩心のない私にでさえ何か感じるものが確かにあった。
いかにも、僕は他人が僕と同じ道を行くことを望まない男である。僕においては、自分に言い聞かせる言葉と、他人に語る言葉とは劃然と常に区別された。
このような言葉のかずかずに私は青二才の繰り言とは片付けきれないものを感じるのだ。
そうしたこととは別のはなしではあるが、彼は詩人ということになっているのかもしれないが彼の残した唯一の著作が「詩」「詩集」であるとは私にはどうしても思えなかった。私はこのエチュードを読みながらそれを「詩」とは思えず、彼を詩人とは考えなかった(いまもそう考えてはいない)。なにせ私は詩というものが分からない。かつて通読できた詩集は一冊もないほどだ。ランボーもリルケもゲーテもワーズワースも未だに読めない。ゆえに埃まみれのまま部屋の隅に転がしてある。
いや、こんなことを書く必要はなかった。
それが詩なのかアフォリズムなのか判定する必要は少なくとも私にはない。出来合いの枠に無理矢理押し込む必要はこの際ない。私がどう感じるのか、それだけだ。私にはそれ以上のことを言うだけの見識もない。しかし確かに彼の作品から何かを汲み取った。勝手に、自分の欲するものだけを。それだけだ。
気持ちのいい親切は、ある程度の無関心を含むものである。何故なら、それはわれわれに、自由な余地を残しておいてくれるからだ。親切も、度を過ぎるとわれわれを不快にする。
自分の持ち場を離れなかったために、落ちて来た煉瓦の一片で命を失った大工。
僕の自殺もこんなことになるのだろうか。
なんだか原口の話だけで終わりそうな気配である。それもやむをえまい。なにせ太田氏についてはなにも知るところがないのだ。
しかしそれにしても味わいの深い文章をお書きになる方である。作曲家は同時に詩人でもあり、音楽と文学とはそれほど隔たったものではないのかもしれぬ(そういえば清岡の『海の瞳』文中に繰り返し繰り返し挿入される「原口統三」の一語が作り出す律動感にもそうしたことが言えそうだ)。私は詩というものが分からないと度々繰り返しつつこう書くのもおかしな話だが、この人の文章のなかに詩情とで言うしかないような何かが潜んでいるのを感じる。そしてときには図らぬユーモアも(ためしに2005年07月25日付のNo.8をお読みあれ)。もちろんその音楽論について共感するところすこぶる多し。
おお、結局この二人の「詩人」を繋ぎえぬまま終わりそうだ。機会があれば太田氏の曲を是非聴いてみたい。
そんなわけで太田氏のサイトをしばらく前に当ブログのブックマークに(勝手に)加えさせて頂いた次第。
2007年8月17日改題・一部改稿
--- NOTE ---- 「青藍山研鑽通信」〜作曲家太田哲也の創作ノート(
http://www.geocities.jp/seiranzan_tsushin/index.html)[2009年2月現在非公開]→http://seiranzan.jugem.jp/ (2009年5月6日現在)
今日(8/14)覗いてみたら、「2007年8月15日更新」とあった。少しばかり得した気分なり。 [↩]
- カテゴリ: 日本文学一般
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